L'oiseau bleu〜9〜



ドリーム小説 私の目が光を失ったのは、12歳の誕生日を迎えて間もなくのことだった。


「あなた!の熱が少しもひかないの!」
「わかった、すぐに先生を呼んでくる。だからおまえも落ち着くんだ。おまえがしっかりしないでどうする!」
「ええ、ええ、そうね……。わかっているわ……あなた、お願い!早く先生を……!」


両親の必死の願いのおかげで、1週間もの間私を襲った高熱はやがてゆっくりとその魔の手を引いた。けれどそれと共に、私の目は闇に包まれた―――。


父親は帝都中の医者に私の目を見せたが、どんなに調べても原因は不明。医者以外にも、有名な魔導師を呼び寄せてあらゆる魔法を試したり、手に入るイヴァリース中の薬草を取り寄せたりしたけれど、私が光を取り戻すことはなかった。


「ごめんね、ごめんなさい……きっとこれは私のせいだわ。私が自分の立場もわきまえず、幸せを望んでしまったから。だからきっと罰が当たったの―――」


母は私の手を取って、涙声で何度もそう繰り返し謝り続けた。



けれど、目が見えなくなったことで、私の生活は大して変わることはなかった。確かに、これまで当たり前に出来ていた身の回りのことが急激に不自由になったり、目が見えないことで些細なことに不安を抱いたりすることもあったけれど、慣れてしまえばそれもうまく受け止められるようになった。

そして何より、そんな私を気遣い、全力で手を差し伸べてくれる父と母にこれ以上心配を掛けたくなかった。私が光を失ったのは誰のせいでもない。きっと神様が私なら乗り越えられると、そう思って与えてくださった試練に違いない。光を映すことは出来なくなったけれど、幸いにも私は、太陽の眩しさも空の青さも木々の緑も、色とりどりの花の色も覚えている。そして、大好きな父と母の姿も―――。

だから私は大丈夫。これからも、ずっと2人の傍で笑っていられる。そう、強く信じていた。


けれどそれから数年後、父と母は私の前から突然いなくなってしまった。乗り合わせたエアタクシーの事故だった―――。



両親を亡くした後、私を引き取ったのは初めて出会う父の弟にあたる叔父夫妻だった。


「まったく、兄さんも何を考えていたんだ!こんな目の見えない娘に、自分の財産全てを譲り渡す手はずをしていたなんて!」
「本当ですわ!―――でもはまだ未成年。私たちが後見人となれば……」


両親を亡くしたばかりで哀しみにくれている私の目の前で、叔父たちはそう話し続けた。

叔父は私の後見人となり、私の代わりに父の貿易会社の経営を引き継いだ。私は叔父の屋敷の人が滅多に通らない奥の部屋を与えられ、ただ1日をそこでじっと過ごし続ける日々が続いた。

言葉を交わすのは、私の身の回りの世話をしてくれていたメイドのマーサだけ。マーサは私を何度も優しく励ましてくれた。

「大丈夫、大丈夫ですよ、様。きっと神様は見ていてくださる。大きな哀しみを抱えられた分、必ずそれ以上の幸せがあなたを待っていますよ」

私の手を取りそう言い聞かせるマーサの言葉を聞きながら、私は首から提げたペンダントにそっと手をあてた。


羽ばたく鳥の姿がかたちどられたペンダントは、母の形見だった。私が幼い頃から母はそれをずっと身に付けていた。


「いいなぁ。私もそれが欲しいな」
「ふふ。これはね、お父様がくれたものなの。幸せになれる、お守り」
「お守り?じゃあ、お母様は幸せになれた?」
「ええ、もちろん。優しいお父様の傍にずっといられているし、こんなにかわいい娘も授かることが出来たんですもの。これ以上の幸せはないわ」
「本当?」
「本当よ。だからがもう少し大きくなったら、これをあげるわ。そうしたら、きっとも今以上にうんと幸せになれるわ」






カタン、と窓が風に揺れる音にゆっくりと顔を上げた。いつの間にか、眠ってしまっていたようだった。窓から吹き込んでくる風が、ひんやりとした夜の匂いを運んできている。


懐かしい夢……。


チェーンが切れたままのペンダントをぎゅっと握り締め、そっと額にあてる。


―――お母様、今のこんな私でも幸せになれる?―――



その時、部屋の扉の鍵がカチャリと外され、ゆっくりと開かれた。



入ってきたのはマライさんだった。

「マライさん?どうしたの……?」

傷が癒えるまでは客を取ることはできないと、そう言っていたはずだ。それにもし、誰かがここへやって来るのであれば、これまでならばあらかじめマライさんはそのことを私に伝えていた。その時間がないほど、急にやって来たと言うことなんだろうか……。

不意に2週間前のあの夜のことが思い出され、私は思わず身を硬くした。けれど、マライさんは私の傍までやって来ると、静かに口を開いた。

、あんた、ここから出られるよ」
「……え?」

その言葉の意味がわからず困惑する私にマライさんは、今度ははっきりと力強く告げた。

「もうこの部屋で、男たちの相手をしなくてもいいんだ」

信じられない言葉に、私は「なぜ」と問うことさえもできずにいた。


この部屋を出られる……?このまま一生をここで過ごして終わるのではないかと思っていたこの部屋から―――。


「この人が、おまえのことを引き取ってくれるそうだよ」

そう言ったマライさんの背後から聞こえてきた足音に、私の意識は呼び戻された。







その声は、もう逢うことはないかもしれないと思っていたあの人のものだった。



2010.7.4

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