L'oiseau bleu〜48〜
「アーシェさんは戦いなど―――復讐など望んでいない」
目の前を歩いていたラーサー様が立ち止まり、背を向けたまま自分に言い聞かせるようにそう口にした。
「戦いの後に残るのは多くの犠牲と哀しみだけ。あの人はきっとそれをわかっているはずです。お願いします。それが間違いないものだということを、確かめてきてください」
そして振り返り、俺を真っ直ぐに見上げた。その瞳には一点の曇りもない。
この皇帝宮に実の兄によって軟禁されている状態だというのに。母君を亡くした幼い頃より姉のように慕っていたドレイスを失ったばかりだというのに。そして、そのドレイスを殺めたのが、この俺だと知っているはずなのに。―――それでも、俺を信じ、自らの思いを託すというのか。
先ほどヴェインに向けて答えたように、すぐにその願いに応じることが出来ずにいた俺を疑うこともなく、ラーサー様は一度強く頷くと再び前を向いて歩き出した。俺は口を閉ざしたまま、その背中に従うことしか出来なかった。
「王女一行は数日の間にリドルアナ大灯台へ現れるはずだ」
そうヴェインが告げたのは翌日のことだった。
アルケイディスより遥か南東、ナルドア海の東に位置するヤクト・ナルドアにあるリドルアナ大瀑布。未だ謎に包まれたその遺跡にそびえ立つ大灯台に、王女たちはなんの目的があるのか。その疑問を問いかけることはもちろん、それをヴェインが語ることもなかった。
私室に戻り、兜をゆっくりと外す。その瞬間、部屋に差し込む夕陽に目を細めた。空に広がるその色が4年前のあの日の空と重なる。
あの時は、言葉を交わすことになるとは想像さえしていなかったというのに、今となっては俺にとっては何物にも変えがたい存在となっている。叶う事なら、これから先も彼女と共に生きることが出来たらと、そう思う気持ちは今も変わらない。
だが―――。
王女が現れるということは、間違いなくあの男も共にやってくるということ。あのリヴァイアサンの爆発からも逃れ、未だ消え去った国のためにあがき続けている男―――。奴を再び目の前にした時、俺は一体……。
『バッシュ!なんで俺たちを置いていくんだよ!』
20年も前のあの時の情景が、今も脳裏にありありと浮かび上がる。俺はあの時誓ったはずだ。俺を母を、そして国を捨てたあの男に、必ず復讐を果たすのだと―――。
迎え来るだろう運命を、もう止めることは出来ない。
闇に飲まれていく夕陽の色を遮るように、俺は強く瞳を閉じた。
2012.2.25
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