L'oiseau bleu〜45〜



肌を焦がすような陽射しは姿を消し、街は一転暗闇に包まれていた。だが、それでも感じる暑さはやはりここが砂漠に囲まれた場所なのだということを思い知らされる。


かつてのダルマスカ王国の首都ラバナスタ。あの戦いから2年が過ぎた今、民は以前の暮らしを取り戻したかのように見えるが、町中の至る所に帝国旗がはためき、街の治安を守るという名目で鎧に身を包んだ数多のジャッジたちが行き交っているその様は、間違いなくもうあの頃の王国は消えてしまったのだと思わざるを得ない。王宮の廊下に施された窓から多くの明かりが灯る町を見下ろす。アルケイディスのような高層の建物は少ないが、この王宮をはじめ、ガルテア様式の建造物が立ち並ぶ様は、古代から続く歴史深い国であったことを表していた。


ランディスを捨てたあの男が流れ着き、新たな忠誠を誓い生きてきた国―――。


ナルビナ城塞の地下道を探らせたが、男を捕らえることは出来なかった。だが、東ダルマスカ砂漠へと通じていた出口がつい最近起きたと思われる崩落によって一部が塞がれていたところをみれば、おそらくそこから男は脱出したのだろう。


これ以上逃げ延び、一体何をしようというのか。そして、何が出来るというのか。訪れる未来など、どうあがいても変わるはずはないというのに―――。







「特にビュエルバの反帝国組織は、不自然なほど資金が豊富です。やはりオンドール候が背後から糸を……」


今は執政官の執務室となっているラバナスタ王宮の一室で、指示を受け探っていた反乱軍の動向について掴んだ情報をヴェインに伝える。一度は帝国に対し恭順の意を示したビュエルバのオンドール侯爵。だが、やはりそれは表向きであったらしく、反乱軍を束ねる立場である可能性が確実なものとなってきていた。


「オンドールを押さえるべきです」


俺の言葉に、窓の外を見遣っていたヴェインがゆっくりと振り返った。そして、胸元から一通の書簡を取り出す。


「ところが彼から連絡があってな。檻から逃げた犬を捕らえて、ギースに引き渡したそうだ」


その言葉に、兜の下で俺は息を飲んだ。


あの男がビュエルバへ―――。男の処刑を発表したオンドールの元を訪れることで新たな活路を見出そうとでもしたのか。だが、再び帝国の手に落ちたことで、その狙いも絶たれたはず。オンドールにその生存を知らしめた今、あの男に残されている道は―――。


「―――奴を殺すのは私です」


拳を握り締めそう告げた俺に、ヴェインは口端を上げ、「見上げた弟だ」とまるで嘲笑うかのようにそう口にした。






ギースがビュエルバを発つのは明朝。リヴァイアサンであれば、遅くとも日没までにはここラバナスタへと到着するだろう。そしてその時、あの男は再び俺の前へとその無様な姿を見せることになる。


あてがわれた王宮内の部屋で、明かりもつけないまま、窓辺に置かれた椅子へと身を預ける。


再び目にする男の瞳に宿るのは絶望か、それとも―――。


うっすらと白み始める東の空を見つめながら、俺は静かにそう思った。





だが、ほんの僅かな眠りから目覚めた俺に届いたのは、あの男がビュエルバで共に捕らえられた仲間と思しき一行、そして元より移送中であったダルマスカの王女と共にリヴァイアサンから逃げ出したという一報だった。



2012.1.28

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