L'oiseau bleu〜43〜



「ディアナとであったのはビュエルバの孤児院だったわ」


聖堂内の長椅子に隣り合って座った私に、エミリアさんはゆっくりと話し始める。他に人はいないようで、しんとした中にエミリアさんの声だけが静かに響いていた。


「女手ひとつで私を育ててくれていた母を亡くしてすっかり落ち込んだまま孤児院に行った私に、初めて声を掛けてくれたのがディアナだったの。歳も近かった私たちは、すぐに仲良くなったわ。ディアナは生まれてすぐに孤児院に来たのだって言っていたけれど、そんなこと少しも感じさせないくらい明るくて、優しくて。皆、ディアナのことが大好きだった」


母に身寄りがなかったということは聞かされていたけれど、そんなに小さな頃から孤児院で暮らしていたというのは初めて耳にすることだった。そのことに驚きながらも、私はエミリアさんの口から語られる私の知らない頃の母の話に夢中になって耳を傾けた。


それに答えるように、エミリアさんは次々に話して聞かせてくれた。孤児院時代に母とエミリアさんが企画したクリスマスパーティーのこと。18歳になり、孤児院を出てからそれぞれ仕事を見つけ、新しい生活を始めても、しばらくは二人とも貧しい暮らしが続いていたこと。それでも頻繁に顔を合わせ、励ましあうことで、そんな日々を乗り切っていたこと。


「ディアナは働いていた食堂で、あなたのお父さん、アベルに出会ったのよ」
「父に……?」
「ええ。その食堂、夜はお酒も出すところでね。普段はそんなことはないのだけれど、たまたま酒癖の悪いお客さんがいて。その人にからまれてしまったディアナを助けたのが、アルケイディスから仕事でビュエルバに来ていたアベルだったの」


「それをきっかけに、ふたりはすぐに恋に落ちたのよ」と、エミリアさんはそのころのことを思い出したように懐かしむ声で教えてくれた。


「それから、仕事でビュエルバを訪れるたびに二人は思いを膨らませていったわ。……でも、アベルのご実家がふたりのことを認めようとはしなかったの。孤児だったディアナと結婚させるわけにはいかないって―――。でも、アベルはそれならば家を捨てても構わないと、そう言ってくれたそうよ。ディアナは、最初はそんな思いをしてまで自分と一緒になることはないってお父さんを説得していたわ。自分にはこれまでの思いでだけで十分だから、アベルはちゃんとした生い立ちの、普通の女性と一緒になって、幸せになるべきだって。私にも、何度も何度も涙を浮かべてそう言っていた―――。でもアベルは譲らなかった。ディアナ以外の人と幸せになんてなれないって、そう言ってくれたそうよ」


『エミリア、私彼を信じてついていくわ』



父と母にそんな過去があったことに、私は驚いていた。いつも優しくて、幸せな笑顔を浮かべていた二人からは、少しも感じさせられることは一度もなかった。―――けれど、私が生まれてから二人が亡くなるまで、一度も父の家族に会うことはなかったことを思えば、たとえ結婚を許されたとしても、心から二人は祝福されたわけではなかったのかもしれない。それでも、私にはそんな悲しい思いを微塵も見せずにたくさんの愛情を注いでくれた父と母を思い出し、胸がいっぱいになっていく。


「あなたが生まれてからは、アルケイディスに渡ったディアナから手紙がたくさん届いたわ。全部あなたのことばかりだった。『昨日は初めて自分でミルクを一人で飲んだわ』『今日は初めて自分からアベルにキスをしたのよ』『ついにが初めて歩いたの。すぐに転んでべそをかいていたけれど』―――。主人と一緒にその手紙を読んであまりにも幸せそうな文章に二人で笑いあっていたものよ」


エミリアさんの手が、そっと私の手を包み込んだ。


「それから、あなたの目が見えなくなったことも……。もっと、もっと早く、あなたに会いに来てあげられたらよかったのに―――」


そう言って、エミリアさんは声を詰まらせた。私は首を振ってその手に自分の手を重ねた。


「今日、こうしてお会いできただけで私は―――」



何度送っても母からの返信がなかったエミリアさんの手紙。きっとそれは、叔母たちが私の手に渡すことも、エミリアさんに母たちが亡くなったことを報せることもなく処分していたのだろう。それでも、こうして遠いビュエルバから私たちの行方を捜し続けてくれていたエミリアさんの優しさが、嬉しくてたまらなかった。


手のひらに伝わる温かさは、私に遠い日に感じた母の温もりを思い出させてくれた。






「本当に、会えて良かったわ」


その日の夕方の便でビュエルバに戻るというエミリアさんを見送るため、私は飛空挺のターミナルに来ていた。これから旅立つ人や、私と同じように誰かを見送る人たちのたくさんのざわめきが耳に届く。


「きっと、ディアナが私たちを出会わせてくれたのね」


エミリアさんの声に、私も頷いた。遠いビュエルバの地からアルケイディスを訪れ、やっと母が眠る場所をつきとめたエミリアさんと、数ヶ月に1度あの場所を訪れる私が出会うことは、本当に奇跡だった。エミリアさんの言うとおり、母が私たちを導いてくれたのかもしれない。


。そのペンダントね、青い鳥をかたどってあるのよ」
「青い鳥?」
「ええ、幸福をもたらす青い鳥」


その言葉に、私はそっと胸元のペンダントに触れる。そんな私の頬に、エミリアさんはそっと手を伸ばした。


「だから、大丈夫。あなたもディアナのように幸せを手に入れることが出来るわ。―――彼を、愛しているのでしょう?」
「え?」
「だって今のあなた、アベルに出会ってからのディアナと同じ表情をしているわ」


エミリアさんはそう言って笑った。






『必ず、幸せになるのよ』


別れ際、エミリアさんは私を抱きしめてそう言った。


―――私の願う幸福。それは。



「どうした?」


家へと戻るエアタクシーの中、微かに想いをこめた指先に気づいたように、ノアが私に声を掛ける。


「ううん。―――今日は、本当にありがとう」


そう答えて、傍らに座るノアの肩に額を押し付けた私の身体を、ノアの大きな手がそっと抱き寄せた。



日2012.1.9/div>
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