L'oiseau bleu〜40〜



手元に差し込むオレンジ色の光に気づき、書類に走らせていたペンを止めた。窓の外を見遣れば、空のいちばん高い場所にあったはずの太陽はすでに立ち並ぶ建物の向こうに消えようとしていた。



ナブラディア、そしてダルマスカへと続いた戦いの処理で、ここしばらくは執務室に閉じこもる日々が続いていた。戦いが大きければ大きいほど、その量は比例して増えていく。この僅かの間に国がふたつも消えたことを思えば、それは当然のことなのかもしれない。


誰にも見られていないのをいいことに、俺は大きなため息をついた。


漏れたため息は、一向に減る気配を見せない書類の束に対してか、それとも胸に燻り続けている自分でも言葉にすることが出来ない煮え切らない思いからなのか―――。




憎み続けてきた男はついにこの世から姿を消した。その報せを受けた時、ついに復讐を果たしたという喜びが心を埋め尽くすのだろうと思っていたが、俺は自分でも驚くほど冷静にその事実を受け止めていた。


祖国が帝国に敗れ、あの男がすべてを捨て立ち去ってから、ただ一心に憎み続けてきた日々がこれで本当に終わったのだと、ただそう思っただけだった。





執務机の重厚な引き出しをゆっくりと開け、中にしまっていた箱を取り出す。無骨な自分の手には不似合いなほどに小さく、品のいい包装を施されたそれは半日ほど前に街で受け取ったばかりのもの。


これを手にした時、はどんな表情をするんだろうか―――。


その姿を思えば、自然と頬が緩んでいくのが自分でもわかった。手の中のあるこの小さな箱が、との確かな未来を確証してくれるもののように思えた。




「ガブラス様」


規則正しいノックの後、届いた声は俺の補佐を勤めるジャッジ、マウアーの声だった。


「入れ」


そう応えながら、箱を再びもとあった場所へと戻す。引き出しを閉じたのとほぼ同時に、いつもよりいささか緊張した面持ちのマウアーが姿を見せた。


「失礼します」
「―――何かあったか」


その表情にそう問いかけた俺に、マウアーは僅かに背筋を伸ばした。


「グラミス皇帝がお呼びです。至急、お耳に入れたいことがあられるようで―――」
「陛下が?」







なぜだ!なぜ―――!


苛立ちがそのまま表れた足音を響かせながら長い廊下を進む。すれ違うジャッジたちが俺のただならぬ気配を感じ、驚いたように道を譲っていく。そんなジャッジたちに応えることもなく、俺はただ足を進め続けていた。―――目指す先はヴェインの執務室。



『そちの兄は生きておる』



つい先ほどグラミス皇帝が口にした言葉が蘇る。



処刑されたはずのあの男がまだこの世にいる―――。その事実は、静かな水面が突然の嵐に激しく姿を変えるかのように俺の心を乱した。


処刑されたと偽りの公表をしてまで、なぜあの男を生かしておく必要がある―――!





目の前に表れた俺を、まるでやってくるのを待ちわびていたかのようにヴェインは僅かに笑みを浮かべて迎えた。


「なぜです!?なぜあの男は処刑されずにまだ生きながらえているのですか!」


俺の問いかけに、ヴェインはゆっくりと椅子の背もたれに背を預けながら答える。


「利用価値があるからだ」
「ダルマスカを完全な帝国の支配下に置いた今、あの男に利用価値などあるとは思えません!第一、ビュエルバのオンドール候もやつの処刑を公に発表したではありませんか!」
「だからこそ、だ」


その真意が読めずにいた俺に、ヴェインは淡々と話し始めた。


「ダルマスカの将軍が生きていたと知られれば、その処刑を公表したオンドールは立場も信用も失うであろう」
「―――オンドール候の帝国への反逆を封じるため、と?」
「その通り。卿は物分りが早くて助かる」



その手腕で独立国を統べるオンドール侯爵。表向きはイヴァリース内で中立の立場をとってはいるが、ラミナス国王とは朋友関係にあったと聞く。そうであるならば、帝国へ対していつの日か反旗を翻さないとは完全には言い切れない。その不安要素を取り除くとすれば、ヴェインの判断は賢明で、かつ真っ当なものだ。


だが―――。


きつく拳を握り締め、ただ黙るしかない俺にヴェインは口を開いた。


「このことはまだ数人の者たちしか知らぬこと。我が軍内でもしばらくは機密事項であるからな―――。ああ、将軍の血縁者である卿への報告が遅れたことを詫びよう。兄君の処刑の報に、卿が心を乱しているのではないかと思ってね」


俺の心を見透かしたかのようににやりと笑ったヴェインに言い返すことなど、出来るはずもなかった。



2011.11.26

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