L'oiseau bleu〜39〜



ダルマスカ軍内部で起こった反乱をきっかけに再び始まった戦いは、あっけないほどあっという間に終わりを迎えた。




「ダルマスカの王女は自害。国王暗殺の謀反をはたらいた将軍は処刑されたそうですわ―――」


街で配っていた新聞の号外を持ち帰ったマーサは、沈痛な声色でその記事を読み上げた。


「王女様はお気の毒ですけれど、父君を手に掛けた謀反人が処刑されたのであれば少しは報われたのでしょうかねぇ……」


そうため息をついて呟くように言った後、「でも」とマーサは続けた。


「これでイヴァリースにもやっと平和が訪れますわね」
「……そうね」



戦争は嫌い。失うばかりで何も生みはしないもの。それでも争いが起こってしまうのは、互いに大切な守るべきものがあるからなのだろうか。


それでも私と同じように、きっとナブラディアにもダルマスカにも同じように大切な人の身を案じ、帰りを待ち続けていた人がいるに違いない。待ちわびている人と出会えなかった人も、きっとたくさんいるのだろう―――。



「さあ、暗い話は仕舞いにしましょう。今日は旦那様がいらっしゃいますから、腕によりをかけてお夕食を用意いたしますよ!」
「ええ」


朗らかにそう告げたマーサの声につられるように、胸に感じた痛みをしまいこんで私も微笑んだ。








「うまいものだな」


湯浴みを終え、部屋へ入ってきたノアが私の手元を見てそう言った。


「まだまだよ。何度もやり直しをしないといけないもの」
「だが、とてもよく出来ている」


縫いかけのベッドカバーは、寒さが和らいでくる春頃から使えるようにと数日前から作り始めたものだ。マーサに手伝ってもらいながら布を裁ち、仮縫いをする。そして、仮縫いをしたラインを確かめながら、本縫いを進めていく。以前はすべてマーサに見届けてもらいながらの作業だったけれど、最近になってやっと、仕上げは自分で出来るようになった。それもみんな、根気よく教えてくれたマーサのおかげだ。



ぽとりと、小さな雫が手の甲に落ちたのに気づき、手を休める。


「ノア、ちゃんと髪を拭いていないでしょう?」


ソファの隣に座り、私の作業を覗き込んでいたのだろうノアにそう尋ねると、ノアは「ああ、すまない」と苦笑い交じりに答えた。


「ちょっと待ってて」


針を裁縫箱に戻し、ベッドカバーと一緒にテーブルの上の籠の中へ片付ける。それからノアの前に立ち、首に掛けられていたタオルを手にしてそっとノアの髪を拭った。


「ちゃんと拭かないと、風邪をひいてしまうわ」


その柔らかな髪を感じながら、優しく、優しく、ノアの髪に触れていく。




ダルマスカとの再戦が始まる少し前、ここを訪れたノアの髪は以前と同じように短くなっていた。そして、切り揃えられた髪の毛と同じように、ノアの雰囲気は変わっていた。うまく言葉に出来ないけれど、惑うような、そんな思いつめた空気が消えたような気がした。けれど、だからといってすべてが以前のノアに戻ったのかといえば、そうとは言い切れない。やっぱり、私には計り知ることが出来ないほど、この一連の戦いで心を砕くことが多かったのかもしれない。



そんなノアの力に、少しでもなれたらいいのに―――。







私の思いを汲み取ったかのように、ノアの腕が私の身体に回された。ソファに座ったままのノアと、立ったままの私。いつもと逆の構図がとても新鮮で愛おしくて、私はそれに応えるようにノアの頭をそっと抱きしめた。



「もう少ししたら、戦後の処理も終わる」


いつもは自分よりも上から聞こえる声が、下から届いてくる。


「そうしたら……」
「―――そうしたら?」


私の問いにノアはしばし間をあけた後、少しだけ身体を離して答えた。


「―――まだ、秘密だ」
「ひどい、そこまで言われたら気になるわ」


私は頬を膨らませたけれど、ノアは小さく笑ったまま。こうやって笑みをこぼすノアを感じられるのは、随分と久しぶりのような気がする。それがとても嬉しくて、私も一緒に笑った。






もう一度私の名を呼んだ後、大きな手が私の後頭部に回され、ゆっくりと引き寄せられた。鼻先に軽く口付けてから、それは静かに私の唇に触れた。


「愛してる」


唇が触れるか触れないかの距離で、ノアは囁くようにそう口にした。



「私も愛している」と告げようとしたその言葉は、再び触れたノアの唇に飲み込まれた。





深くなる口づけを交わしながら、私はこんなにも愛おしくて幸福な日々が永遠に続いていくのだと、そう信じていた。



2011.11.13

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