L'oiseau bleu〜35〜



「ラムダとは未だ連絡がとれません。共にナブディスに向かった他の艦も同様の状態ですので、艦の通信機の不具合とは考えにくいのではないかと―――」

俺の言葉にグラミス陛下は僅かに眉根を寄せた。


このたびにわかに起こったナブラディア王国の内乱。その鎮静化を図るという名目で帝国軍もナブラディアへ出撃したが、時を同じくロザリア帝国も軍をナブラディア国内へと向かわせていた。国境付近で両軍がぶつかり合うこととなったが、僅かに数の上で上回っていた帝国軍がロザリアからの派遣軍を撃破したのが3日前。その後帝国軍はそのまま首都ナブディスへと進軍したのだが、半日ほど前から突然連絡を途絶えていた。

「ガブラス、艦を向かわせ状況を確認しろ。次第によってはこちらで待機している第8艦隊も向かわせる」
「はっ」

胸に手を当て下げた頭を上げる瞬間、視界に陛下の傍らに立っていたヴェインの姿が目に入った。相変わらず何を考えているのかわからない表情。

だが、引き金を引いたのはこの男だった。ナブラディアはもとより、ダルマスカの攻略も企んでいたヴェインは、ナブラディア内の親ロザリア派を扇動しこの内乱を引き起こした。そしてついひと月前に自国の王女とナブラディアの王子との婚儀を結んだばかりのダルマスカが、帝国に対し宣戦を布告したことも、この男は予想していたに違いない。


部屋を辞そうとしたその時、不意にヴェインが視線を外した。その先には俺がこの部屋へ入る前からここへと来ていた男がいた。―――帝国の秘密機関ドラクロア研究所所長ドクター・シド。機工士としての実力は相当なもののようだが、得体の知れない偏屈な男―――そのシドとヴェインは意味ありげに視線を合わせた。俺はそれに気づかぬふりをしながら、そのまま部屋を後にした。




その後、向かわせた調査隊から、ナブディスがほぼ跡形もなく消滅していたとの報せが入った。戦艦ラムダからやや遅れてナブディスへと向かっていたため、唯一難を逃れた艦に乗り合わせていたジャッジの話によれば、これまで見たこともない大爆発がナブディスの上空で起こったのを目にしたという。


艦隊だけではなく、街をも消し去ってしまうほどの謎の大爆発。その中心にいたジャッジ・ゼクトを始め、全てのジャッジの行方が知れぬとあっては、原因を突き止めるすべは残されてはいない。だが―――あの日目にしたヴェインとシドの姿が、今も妙な形で胸に留まっていた。ヴェインの視線に、どこか興味深げに眉尻を上げたシド。

もしかしたら、あのふたりが何か関わっているのか―――?

しかし、そうであったとしても、俺にはそれを突き止める術も、理由もなかった。


背後の窓から空を仰げば、ダルマスカへと向かう帝国の艦隊の列が目に入る。ナブラディアが落ちた今、次の帝国の標的はダルマスカ―――。


「ガブラス様!出立の準備が整いました!」
「わかった。すぐに向かう」

ドアの向こうからかかったジャッジの声に応え、傍らにおいていた兜に手を伸ばす。

今、俺が確かめなければならないことは―――。

胸に押し寄せる決意を共に封じ込めるように、俺はその兜をゆっくりとかぶった。





空を飛び交う軍艦から放たれる数多の砲弾が、闇に包まれ始めた空を怪しく照らす。足元では帝国軍とダルマスカ軍の兵士の剣がぶつかり合う。


ナブラディアとの国境境に築かれたダルマスカ王国における国境防衛の最重要拠点であるナルビナ城塞は、今まさに戦火の真っ只中にあった。城塞中央の塔から放たれている魔法障壁でかろうじて艦隊からの砲弾は防がれてはいるが、至る所で建物の崩壊が始まっていた。兵士や軍艦の数、軍事力、そのどちらから見ても帝国が有利な状況は明らかだった。


「ガブラス様、そちらは危険です。こちらへ―――」

傍に仕えていたジャッジが城壁際から内へ入るように促す。

「構わん」

俺はそれを制し、ただじっと爆音のとどろく中、戦火の渦中を見つめ続けていた。



これだけ多くの砲弾が飛び交い、軍人たちが入り混じるその中で、俺の目は確実にただ一人の男を捉えた。

甲冑を身にまとい、チョコボに跨り、剣を振りかざすその男。

見誤るはずがない。その姿は、忘れようと思っても忘れることなどできない。最後に憎しみと共に見送った時よりも歳を取ったが、その姿は今でもこの自分と違わぬものだった。


「―――バッシュ……!」


喉から絞り出した声に、ジャッジが驚いたように顔をこちらへと向けたが、応えることなく俺はやつの姿を睨み続けた。


17年前、俺と母を捨て、祖国を捨て、姿を消した憎むべき男。どこかで生き延びているのだと、そう思ってはいたが―――。


「やはり、おまえだったのだな―――」


一心に剣を振るい続けるその姿に消し去っていた怒りがこみ上げる。


その剣を、母を守るためには振るうことは出来なかったのか……!


死に際まで、自分を捨て去っていた息子の身を案じていた母。それなのに―――。

強く拳を握り締めると、小手の中の皮の手袋が引き攣れる音が聞こえたような気がした。




「魔法障壁が!」

障壁を作り出していた魔導師が討たれたのだろう。城塞を覆っていた魔法障壁が消え去り、いよいよ内部へも帝国艦隊の砲弾が打ち込まれ始めた。崩れた城壁や、打ち落とされた艦が城塞内へと炎を上げて落下していく。



「行くぞ」
「はっ!」

怪我を負った主を抱え帝国軍人たちの間を敗走する男の姿を見送ってから、俺は自らも帰還すべく城塞を後にした。


心に湧き上がったあの男への憎悪をしっかりと胸に刻んで―――。





「悪あがきも長くは続くまい。ダルマスカが落ちるのも時間の問題であろう」

夕焼けに染まったアルケイディスの空を見上げ、ヴェインはそう呟いた。楽しげに発せられたその言葉に、それさえもこの男の思惑通りなのだろうと、その背中を見つめながら思う。ヴェインの頭の中には一体、どんなシナリオが描かれているのだろうか―――。


「それはそうと―――」

ヴェインが振り返り、俺の姿を見据える。

「ガブラス、卿の話とは?」
「―――はい。恐れ多いことでございますが、ダルマスカ陥落に際して私に考えがございます」
「ほう」

意外だ、という表情でヴェインは俺を見た。

「興味深いな。ぜひ聞かせて貰おうか。卿の考えとやらを―――」

ヴェインはゆっくりと椅子に腰掛けると、話を促すように眉を上げた。それに応え、俺はナルビナからの岐路の途中思いついた計画をヴェインに語り始めた。

「……実は、ダルマスカの将軍、バッシュ・フォン・ローゼンバーグは―――」




―――待っていろ、バッシュ。おまえはまもなくすべてを失うのだ。自分が犯した罪の重さを思い知るがいい―――



2011.9.24

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