L'oiseau bleu〜33〜
「どう……?」
おそるおそる尋ねると、スプーンがかちゃりと置かれたのと同時にマーサが「ええ!」と答えた。
「美味しゅうございます!」
「本当?」
「はい、お米の硬さも塩加減も、ちょうどいい具合ですよ」
マーサの言葉に私は胸を撫で下ろした。
「さあ、様も召し上がってくださいな」
「ええ」
緊張して硬くなっていた肩の力を抜いて、私は初めて自分で作ったチーズリゾットを口に運んだ。
私はマーサに料理を教わるようになった。簡単なものから、とマーサは選んでくれるけれど、材料を切るのに人の何倍も時間がかかってしまったり、隣でマーサに声をかけてもらわないと調味料を手に取ることにも戸惑ったりと、苦戦してばかり。それでも、こうやって「美味しい」と言ってもらえると、嬉しくてたまらなくなって、苦労なんてあっという間に消えうせてしまう。
「本当に随分お上手になられましたね」
「マーサの教え方がいいのよ」
「様の筋がよろしいんです」
互いを褒めあいながら、私たちはくすくすと笑いあった。
思いがけず知ることになったノアの故郷ランディスが辿った道。私の知らなかったノアの過去が僅かに垣間見えたようで、ひどく心が落ち着かなかった。
なぜノアが敵国であったこのアルケイディスに移り住んだのか、そして祖国を滅ぼすことになった直接の原因でもある帝国軍に身を置くこととなったのか―――。私は今もノアに聞くことが出来ずにいた。
でもきっとこれから先も、私がノアにその理由を尋ねることはないだろう。ノアがずっと、そしてきっと今も心の奥に抱えているその痛みを、私が無理にこじ開けることは出来ない。出来ることならば、その痛みに少しでも寄り添うことが出来たらいいけれど、帝国で生まれ育った私にはその資格がないように思えた。
私に出来ることは、今この国で生きているノアを信じ、彼の傍で共に生きていくこと。それだけが、今の私に出来る唯一のこと。
この部屋を訪れてくれるノアのために、こうやってマーサに教わりながら料理を作って、彼を迎えて。せめて私と一緒に過ごす時だけは、穏やかな気持ちで過ごして欲しい。
そして少しでもいい、ここで生きていくことが幸せだと、そう思ってくれたなら―――。
ふと目を覚ました私は、隣で眠っていたはずのノアがいないことに気づいた。そっと手を伸ばしたけれど、そこにあったのはひんやりとしたシーツの感触だけ。
「ノア……?」
その冷たさがひどく不安になって、私はおそるおそるその名を呼ぶ。すると、少し離れたバルコニーへと続く窓辺から、微かに衣擦れの音が聞こえた。
「―――すまない、起こしてしまったか―――」
「……どうしたの?こんな時間に……」
そう尋ねたけれど、ノアの返事はなかった。代わりに、開けていた窓を閉めた後、ゆっくりとした足取りでこちらへと戻ってきたノアの手が、そっと私の頬に触れた。
「―――まだ夜明けまで時間がある……」
そう言って寝台の私の横に滑り込んだノアは、いつものように優しく私を抱き寄せた。ノアの温もりを求めるようにその広い胸に額を摺り寄せれば、頭の先に唇が落とされたのがわかった。
そういえば、今日はいつもによりも口数が少なかったような気がする―――。
食事の時に感じた違和感を思い出して、心がざわめいた。
「……ノア、何か―――」
「―――少し、考え事をしていただけだ……」
堪えきれずに尋ねたけれど、ノアは私の頭をそっと撫でながらそう答えただけだった。
いつもと同じ温もり、同じ愛おしさに包まれながら目を閉じる。それでも、胸に押し寄せる不安は一体なんなのだろう。
ぎゅっと抱きしめたその身体は夜風に当たったせいなのか、少し冷たかった。
―――ねぇ、ノア。何を考えているの?何を思っているの?
私のこの目が見えたなら、もっとあなたのことをわかってあげられるのに―――
2011.8.3
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