L'oiseau bleu〜30〜
「ナブラディアの第二王子とダルマスカの王女の婚約が取り交わされた模様です。同盟強化を図り、他国からの圧力に対抗しようという考えかと―――」
そう告げれば、ヴェインは執務机に肘を突いて腕を組んだまま、「ほう」と感嘆のため息を漏らした。だがその表情は、言葉とは裏腹に少しの驚きも見せることはなかった。それはまるで、始めから見越していたことだったかのように。
「両国は元からレイスウォール王の息子を祖とする兄弟国であったからな。これまで政略的な婚儀を結ばなかったことの方が不思議なくらいだ」
「だが」とヴェインはゆっくりと立ち上がった。
「手を結んだからといって、果たして国を守ることが出来るかな」
そう言って微かに笑みを浮かべた顔は、どこか楽しげに俺の眼には映った。
「……念のため、ダルマスカ軍についてもただいま詳細を探らせています。数日中にはご報告できるかと」
「わかった。届き次第、報告してくれ。情報は多いほうがいい」
「御意―――」
執務室へと戻り兜を外す。窓の外を見遣れば、すでに日は傾きかけていた。
その中心で日々動いている立場だというのに、着々と近隣諸国との戦いが確実に近づいているこの状況は、少しも気持ちを高ぶらせるものではなかった。この国に祖国を滅ぼされた身であるのに、今となってはその敵国の手足となってまた別の国を同じ境遇にさらそうとしている。そんな自分の生き方に、つい少し前までの俺は疑問や憤りを感じずにはいられなかった。だが、今は。
―――守るべきものが、ここにはある。
「ノア、おかえりなさい」
アルケイディア政府関係者のみが暮らす区域にあるこの部屋で、はいつものように俺を出迎えた。
「この部屋にはもう慣れたか?」
「ええ」
頷いたのその柔らかな頬に手を添え、そっと親指でなぞる。
「よく眠れているか?」
俺の言葉には僅かに表情を曇らせたが、すぐに微笑んで首を振った。
「ううん、大丈夫よ」
―――は、自分の白い肌に浮かんだ目の下の影を知らない。何も変わりはないのだと、俺にそう告げるだけだ。
「ノア……?」
思わずその華奢な身体を抱き寄せれば、は俺の腕の中で困惑したように俺の名を呼んだ。その声に応えるように、を抱きしめた腕に力をこめる。
あの日以来、が苦しんでいることは俺にもわかっていた。あの男が現れたことで、辛い記憶を呼び戻してしまっているに違いない。その記憶を、傷を、すべて俺の手で消すことが出来るのなら俺は何だって出来る。それなのにそうしてやる事ができない自分が腹立たしい。
今の俺にできるのは、を傷つけるすべてのものから彼女を守ること。不自由な思いをさせてしまうかもしれないが、ここならば、もうあんな思いをさせることはないだろう。が負った傷を消すことは出来ないかもしれないが、この部屋で、俺の傍で、少しずつその傷を癒してやることが出来るのならば―――。
俺は、この身を賭してを守り抜いていこう。
柔らかな銀糸の髪から香る花のような甘い匂いを感じながら、強くそう誓った。
「ノア―――」
その声と共に、そっと背中に回されたの腕が、まるで俺の想いへの答えのように思えた。
2011.5.30
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