L'oiseau bleu〜21〜



抱きしめた身体は思っていた以上に細く、このまま腕の中で消えてしまうような儚さを感じた。


こんな身体でひとり苦しんでいたのかと思うと、自分自身が腹立たしくて仕方なかった。

あの部屋から連れ出したことだけで、を救ったと、これからの幸せな日々を与えてやることが出来たと、そう思っていたのは結局俺のエゴでしかなかった。彼女が本当に受けた傷や苦しみを、俺はわかろうとさえしなかったのだ。

―――こんなことになるまで、自分の気持ちにさえ気づかずに。




「ノア……?」

俺の腕の中で、は戸惑ったような声で俺の名を呼んだ。その声に応えるように、彼女の身体に回した腕に力をこめれば、の肩が驚いたようにびくりと揺れたのがわかった。

「……出て行くなんて言わないでくれ。ずっとここにいればいい」

を抱きしめたまま祈るようにそう言った。だが、彼女は俺を拒絶するように、俺の胸を両手で押した。

「……っ!」

の腕の力は俺からすれば弱々しいものだったが、突然のことにひるんだ俺の隙を付くように、彼女はたやすく俺の腕からすり抜けた。そしてさらに俺から逃れようとしたの身体は、その勢いのままバランスを失い、ベッドからずるりと滑り落ちていく。

「……!」


ごとん、という音ともに室内に静寂が訪れた。幸いにも、の身体は床に叩きつけられる前にとっさに伸ばした俺の腕に収まっていた。を腕に抱いたまま床に座り込み、ほっと安堵のため息をつく。

そして、ふと先ほど聴こえた音の方へと視線を向けた。そこにあったのは、小さな木箱だった。おそらく、がベッドから落ちる際にぶつかって落ちたのだろう。蓋は開いていたが、壊れた様子はない。何の気なしに、その箱からこぼれたであろうものを手に取った。

「……これは……」

しゃら、とそれは音を立てた。その瞬間、じっと息を潜めていたがはじかれたように顔を上げた。

「いや……っ!」

まるでそれが何であるのかがわかったように、必死に手を伸ばし、彷徨った先でたどり着いた俺の手からそれを奪うように取り去った。

俺に背を向け、じっと彼女が手の中に握り締めているものは、あのペンダントだ。俺が最後に見た時とは違い、再びチェーンが切れたあのペンダント。

?」

震える背中に呼びかけるが、はさらにその身を固くする。

「……私は……あなたの傍にはいられない……。あなたに守られるような、そんな女じゃ」

かすれた声が俺の耳に届く。

「お願い……もう私のことは―――」



その言葉が聞こえた瞬間、俺は再びの身体を引き寄せた。はやはり逃れようと抵抗したが、俺は腕の力を弱めることはしなかった。

「っ、離して……っ」
!」

どこにも逃すまいと、俺はの身体をきつく腕の中に閉じ込めた。



「―――愛している」



驚いたように、は顔を上げた。その瞳には困惑の色が浮かんでいる。それを拭い去るように、俺は言葉を紡ぐ。



なぜ、気づかなかったのだろう。初めて出逢ったあの時から、彼女に惹かれていたのに。



「俺の傍にいてほしい。これからも、ずっと」



は唇を震わせながら首を振った。



「……でも、あなたは私に触れてはくれなかった……それ、は、私が穢れているからだって、そう、思って……」



もっと早く気づけていたら、こんなにも彼女を苦しめることはなかったのに。



「違う、君は穢れてなどいない。……こうやって君に触れてはいけないのだと、ずっとそう思っていた……君を、傷つけてしまうのではないかと、怖かった」



触れてしまえば、自分もあの部屋を訪れた他の男たちと同じになってしまうと、彼女を傷つけてしまうのだと、そう思っていた。己だけはそんな男たちと違うのだと頑なにそう言い聞かせて。けれど、それが彼女の逆に傷つける結果になってしまっていた。





の両頬をそっと手のひらで包み込み、光を映さない、けれど深く澄んだ瞳から溢れる涙を親指で拭った。




「愛している、―――」




きらりと落ちたその涙が、まるで宝石のようだと、閉じた瞼の奥でそう思った。




2010.12.26

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