L'oiseau bleu〜14〜



ドリーム小説 パンデモニウムから降り立った俺の目に入ったのは、皇帝宮内へと続く通路に整然と並んだジャッジたちだった。拳を反対の掌に添える帝国軍独自の敬礼をし、恭しく俺を出迎えていた。その未だに慣れぬ状況に兜の下で小さくため息をつく。そして皇帝宮へ向かう足を止めることなく、傍につき従っていたひとりのジャッジに声を掛けた。

「このままジャッジ・エネの元へ向かう。今日持ち帰ったものは、全て俺の執務室へ運んでおいてくれ」
「はっ」




コツ、コツ―――……

大理石の長い廊下に俺の足音だけが響く。上位階級のジャッジのみの執務室があるこの階は、護衛や補佐の限られたジャッジたちしかおらず、他の階とは違いやけにしんとした雰囲気に包まれていた。ジャッジ・エネへの報告を終え、自分の執務室へと向かう足取りはいささか重いように感じられた。それが、度重なる遠征から来る疲労のせいなのか、これから先、自分の置かれる立場への重圧のせいなのかは、俺にはわからなかった。


廊下の右手側に設けられた窓から外を見やれば、すでに日は傾き、街は闇に包まれようとしていた。これから報告書を書き上げ、溜まっているだろう書類の処理を終えるのは明け方近くになってしまうかもしれない。だが、今日中にそれを片付けなければ明日からの業務に支障が出るのは明らかだ。


今日も、行くことは出来ないな―――


微かなため息とともにそう思った時、こちらへと近づいてくる足音に気づいた。



「やあ、ご苦労。ビュエルバ視察だったそうだな」
「はい。ジャッジ・ザルガバース」

そう答え頭を下げようとすれば、ザルガバースはそれを右手で制した。

「そんな堅苦しいことは必要ない。君も私と同じジャッジマスターとなるのだから」

そう言って、ザルガバースは朗らかに笑った。


己の身の保身と、権力を振りかざすことに囚われている者が多いジャッジマスターたちの中で、ザルガバースは珍しく血の通った人物だった。名門の出ではあるが、それを決してひけらかすことも盾にすることもなく、確かな実力で第10局のジャッジマスターとしてその力を現していた。外民出の俺に対しても、1度たりとも無礼な扱いをしたことはない。

俺はまもなく、勇退するジャッジ・エネに代わり、第9局のジャッジマスターの任に就くことが決まっていた。ここ最近はその引継ぎや、それも兼ねた国外での職務で落ち着く暇もない多忙な日々が続いている。



「そういえば」

「失礼します」とその場を辞そうとした俺を、思い出したようにザルガバースが声を掛けた。

「近頃、君にいい人が出来たのではないかという噂を耳にしたのだが」
「は……?」

思いもよらなかった言葉に、俺は間抜けな声を出して振り返った。

「表情が柔らかくなったし、執務を終えると足早に町へ出ることが多くなったようだ、と」

どこか楽しそうにそう話すザルガバースの言葉に、1人の人物の顔が浮かんだ。

―――ドレイスか……


ドレイスは元から皇帝に仕える家系の出身であるため、俺よりも常に先をゆくジャッジであったが、ほぼ同時期に軍へと入隊したため顔を合わせることも多く、珍しく俺と言葉を交わすことが多い同僚だった。彼女は先日、一足先に第4局のジャッジマスターの座に就いている。


そういえば、数日前にあった時に「近頃随分と楽しそうではないか」と今のザルガバースと同じ顔で声を掛けてきていた。

いくら勇ましい唯一の女ジャッジマスターとは言え、そのような話を面白がるなど、やはり彼女も女なのだなと、そう思った。


「いえ、そのようなことは……」

そう否定すると、ザルガバースは相変わらず笑みを浮かべたまま口を開いた。

「まあ、いいではないか。充実した時間は職務に対しても良い力を生む。私はそう思うがね。―――と、おしゃべりが過ぎたようだ。引き止めてしまって申し訳ない」



俺の肩に手を添えてから去っていくザルガバースの背中を見送りながら、心の中で自分に問うた。



俺とは、勘ぐられているようなそんな関係ではない。俺はただ彼女を―――。



だが、その先の答えを、今の俺には見つけることが出来なかった。



2010.9.6

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