L'oiseau bleu〜13〜
ドリーム小説
「お上手ですよ、様」
「本当?」
「ええ、縫い目もしっかりしていますし、縫い幅もちゃんと揃っていますよ」
そう言って私の手にマーサが返してくれたそれを、私はもう一度自分の手で確かめた。
手の中にあるのは、私が普段身につけている洋服。先日外へ出かけた時に店先に置かれていた看板に裾を引っ掛けてほつれさせてしまった所を、自分で繕ってみたのだ。一針一針、指先で確かめながらの作業は随分と時間がかかってしまったけれど、マーサの掛けてくれた言葉にその苦労も消えてしまう。
私はここで過ごすようになってからマーサの手を借りながら、自分自身で出来ることを少しずつ増やしていった。
―――あの部屋にいた時には、そう思う気力さえなかった。
ただ時が過ぎるのを他人事のように感じながら過ごしていた日々。自分が何をしなければいけないのか、未来に何があるのか、期待することも、憂うことさえも出来ずにいた。
けれど今は―――
「私は、あの人のために何が出来るのかしら―――」
「様……」
ポツリと呟いた言葉は、マーサの耳にも届いたようだった。
「私をあの部屋から救い出してくれて、こんなにも穏やかな暮らしを与えてくれたのに……。私はノアに何もしてあげられていない」
どんなに感謝の言葉を並べても足りないくらいのことを、彼はしてくれているのに。私は何一つ返すことが出来ないなんて―――
「様」
ぎゅっと握り締めた私の手に、そっとマーサの手が重ねられた。
「そんなことはありません」
ゆっくりと、まるで私に言い聞かせるようにマーサは続けた。
「こちらにいらっしゃる時、旦那様はいつもどこかお疲れのご様子のことが多いのです。けれど、様と過ごされた後には、それが嘘のように消えているように私には見えます。いつも、とてもお穏やかな表情でお帰りになられるのですよ」
「……ノア、が?」
「ええ、そうです!きっと旦那様も十分、様からかけがえのないものをお受け取りになっているのだと、私は思いますよ」
「だからそんな風に思ってはいけません!」と、マーサはそう言って重ねた手で、優しく私の手をぽんぽんと励ますように叩いた。
「―――ありがとう、マーサ」
マーサのその言葉に嬉しくなると同時に、そんなノアの顔をこの目で見られたらと、そう強く思った。
2010.9.3
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