L'oiseau bleu〜12〜
「今日はこの先の公園に行ってきました」
はティーカップを差し出しながら、明るい口調でそう告げた。
「随分とあの場所が気に入ったようだな」
カップの紅茶をすすりながらそう答えれば、はふっと微笑んだ。
「はい。緑も花もいっぱいで風が良く通るので、とても気持ちがいいんです」
「そうか」
出されたティーカップ、それにポットやケトルも以前からが使っていたものだ。慣れたものの方がいいだろうと、別れ際にマライが彼女に持たせたのだ。その言葉通り、場所は変わっても、は相変わらず慣れた手つきで少しも不自由さを感じさせない動作でお茶を淹れている。
この部屋でが暮らすようになって2ヶ月、俺は週に1度ここを訪れていた。そして以前のようにが出してくれお茶を飲む。あのころと変わったことといえば、彼女が出してくれるお茶の種類が増えたことと、その日までの出来事を俺に話してくれるようになったことだ。
そして、あの頃と比べれば、随分との表情も柔らかくなったように思う。あの牢獄のような場所で無理強いをさせられていたことに比べれば、遥かに今の方が穏やかに過ごせるのは当然かもしれない。それでも、そんな彼女の表情を見れば、自分のとった行動が間違いではなかったと、そう思わせてくれるような気がしていた。
「あの……」
その声に顔を上げれば、が俺の顔を窺うように顔を向けていた。
「どうした?」
「あの、良かったら、今度一緒にどうですか?」
「え?」
「あの公園に……」
「俺も?」
「ええ、きっと気に入ってくれると思います」
思いがけない誘いに、俺はどう答えていいのか戸惑った。まさかそんな言葉をかけられるとは思っていなかった。答えあぐねていると、はその沈黙を別の意味だと感じ取ったのか、口にしたことを後悔したようなそんな表情をして「ごめんなさい」と顔を俯かせた。
「お忙しい、ですよね……」
明らかに曇った彼女の表情に、胸の奥がかすかにざわめいた。「そんなことはない。まさか誘われるとは思わなかったから、少し驚いただけだ」そう伝えることが出来ない代わりに、俺は努めて明るい声で答えた。
「そうだな。ぜひ案内してくれ。俺はまだあそこへは行ったことがないんだ」
はその瞬間、ぱぁっと表情を明るくさせてこちらに顔を向けた。
「っ、はい!」
のその笑顔に、心がゆっくりと温かくなっていくように思えた。
もしかしたら、変わったのはだけではないかもしれない。間違いなく、俺自身も変わっているのではないだろうか。
こんなに穏やかな気持ちになったのは、久方ぶりのような気がする。アルケイディアに流れ着くよりも遥かに前、まだ帝国に攻め入られる前のあの故郷で暮らしていた幼い頃以来かもしれない。
父と母と兄、バッシュと暮らしていたあの頃の―――。
あえて避けてきたその名を呟いても、不思議と心は乱れなかった。
「おかわり、いかがですか?」
顔を上げれば、笑顔のままのが俺を見つめていた。
「―――ああ、頼む」
俺の言葉に「はい」と答えてカップを手にしたに、俺は自分の頬が自然と緩むのを感じた。
2010.8.21
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