L'oiseau bleu〜11〜



ドリーム小説 緑と花の匂いを含んだ風が窓から吹き込んでくる。その風を吸い込めば、夏の始めの香りがした。

この部屋の近くには、小さいけれど木々が生い茂る公園がある。きっとこの風はそこを通ってきたのだろう。


アルケイディスでも限られた人のみが暮らす上層地区にこの部屋はある。以前暮らしていたところよりも広く、豪華な部屋。

そんな部屋をこの場所にもつことが出来るあの人。

そして、何の関係もない私をあの場所から連れ出し、新しい生活を与えてくれたあの人。


あの夜、ただ一方的に彼を遠ざけてしまってから、きっともう二度とあの人は私の前には現われることはないだろうって、そう思っていたのに―――。


なぜ、彼がそうしてくれたのかはわからない。

『いい人に見初められたね。精一杯尽くして恩返しするんだよ』

別れ際、マライさんはそう言ったけれど、あの人は相変わらず私に何かを求めることはしなかった。




様、そろそろ参りましょうか」
「ええ」

ノックと共に掛けられた声に、私は立ち上がった。そんな私の手を支えるようにそっと取ったのはマーサだ。



日常の手助けをするためにこの部屋へやって来たのは、叔父の屋敷でずっと私の世話をしてくれていたマーサだった。

『ああ様、随分辛い思いをなされたでしょう。何もして差し上げられなかった私をお許しください』

私の手を取りそう言ったマーサの手の手を握り返し、私たちは共に涙を流しながら2年ぶりの再会を喜び合った。私があの屋敷を出た後すぐにマーサもあの屋敷での仕事を辞めたのだと言った。

『旦那さまが私に声を掛けてくださったから、こうして再び様に会うことが出来ました』


決して口にはしないけれど、あの人はきっと私とマーサの事を知った上で、こうして再び一緒にいられるようにしてくれたのだろう。確信はないけれど、そう思えて仕方がなかった。



「今日は様の好物ばかりを揃えましたよ」
「本当?嬉しい!」

こうやってお天気のいい日に近くのこの公園を訪れることが私の楽しみのひとつになっていた。ここへ来ると、部屋にいる時よりもより強く緑や花の香りを感じることが出来る。


こうして自由に外へ出られるなんて、あの部屋にいた時からは考えられないことだった。外へ出ることも出来ず、ただあの部屋で心を殺しながら過ごした日々。私はここから出ることも出来ず、この場所でこのまま消えていくしかないと、そう思っていた―――。




降り注ぐ日差しを感じたくて顔を上げれば、ふわりと温かく優しい風が頬を撫でていった。その温もりに、初めて触れたあの人の体温を思い出す。


思っていた通り、強く逞しかったあの人の腕。その腕に触れていると、心に浮かんでいた不安が、少しずつ薄らいでいくように思えた。



『俺の名は、ノアだ―――』



「ノア……」


そう自分の唇でその名をなぞれば、胸の奥が微かに暖かくなったような気がした。



2010.7.19

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