L'oiseau bleu〜Epilogue〜



ターミナルの外に出て歩き始めてすぐ、傍らを吹き抜けていく風に足を止めた。肌に感じるそれは、いつも自分が感じているものとは随分違う。街へと続く桟橋から晴れ渡った空を見下ろせば、足元をいくつかの白い雲が通り過ぎていっていた。




一月ぶりになる街並みを進んでいくと、目指す先に風にはためく真っ白なシーツが見えた。


「バッシュさん!」

シーツの裾から覗く人影に声を掛けると、すぐにその横からが姿を見せた。

初めてであった時とは違い、真っ直ぐな視線と、そして幸福そうな明るい笑顔が俺に向けられている。



あの日起きたことを、なんと説明すればいいのだろう。

いつものようにノアの病室を訪れた直後、目にした光。その光はあっという間にノアとを飲み込んだ。そのまばゆいほどの光を前に、俺は何が起きたのか見届けることも、そして近寄ることさえも出来ず、その衝撃にその場に立ち続けるのがやっとだった。やがてその光が跡形もなく消え失せたその中に現れたのは、強く手を握り合ったままのふたりの姿だった。

そしてその光は、信じられないような出来事をもたらした。

ヴェインとの戦いの後、傷ついた身体のまま眠り続けていたノアは意識を取り戻し、長い間闇に包まれ続けていたの目は、再びその光を取り戻した。

ふたりを包んだあの光を、俺は以前も目にしたことがあった。それはリドルアナ大灯台で天陽の繭から放たれたあの強大なミストの光。あのまばゆさと身体に感じた衝撃は、確かにそれと同じだった。

今となっては想像でしかないが、大灯台で繭から大量のミストが放たれたあの時、ノアが鎧の中に忍ばせていたの託したペンダントにそのミストの力が宿ったのではないだろうか。そしてそれが解放され、ふたりの身体に奇跡となって降り注いだのだ。

それは紛れもなく、ふたりが互いを想いあう絆の強さが起こした奇跡に違いない。





「すまないな、いつも突然訪ねてきて」
「もう慣れた。そういう唐突なところはやはり昔から変わっていないな」
「……む、そうか?」
「ああ」

ため息混じりに俺に向かってノアが言ったその言葉に苦笑いが浮かぶ。だが、それと同時に、そうやって言葉を交わせることにどうしようもなく嬉しさがこみ上げていた。ナルビナ城塞で18年ぶりに顔を合わせたあの日、こんな風に向き合う日が来るとは想像さえしていなかった。


「どうぞ、バッシュさん」
「ああ、ありがとう」

俺の前にティーカップを置いたは、同じようにノアの分と自分の分をテーブルに並べ、ノアの隣に腰掛けた。そんなにノアは俺には向けたことがないような穏やかな笑顔を浮かべ、それにも笑顔で応えている。そんな二人を前に、俺の顔にも自然と笑みが浮かんだ。

小さな庭に置かれたテーブルセットの横を、涼やかな風が通り過ぎていく。


ノアの傷が癒え、自分自身の脚で立ち上がれるようになった後、二人はアルケイディスを離れ、の母親の故郷であるというビュエルバで暮らすようになった。大戦が終わったとはいえ、ノアがまだ全快とは言えない身体を休めるには、帝国にいるよりもここで静かに過ごしたほうがふたりのためにも良かったはずだ。


そしておそらく、ノアがラーサー様の元に戻る日ももうすぐやってくることだろう。ラーサー様とザルガバースがふたりのためにすでに新居を用意していることを知ったら、ノアとはどんな顔をするだろうか。

「どうしたの?バッシュさん」

不意に笑った俺に、が不思議そうに声を掛けた。

「いや、なんでもないんだ」
「そういうところも変わってないな」
「そうか?」
「ああ、全くだ」

顔を見合わせて笑いあった俺たちを見て、も楽しそうに微笑んだ。カップを持つその手には、あの指輪が美しく光っている。



降り注ぐ陽射しを見上げ、真っ青に晴れ渡った空を見つめる。


どうかその輝きと同じように、いつもでもこのふたりの笑顔が続くようにと、そう願った。



― Fin ―



2012.6.20

back