近くて、近くて、遠い距離




笑った顔が好きだった。
いつもは愛想の悪い顔をしているくせに、ふとした時に見せてくれる子どもみたいな笑顔。

力強い腕が好きだった。
剣を振るう逞しくて筋肉に覆われた腕。そのくせ抱き寄せる仕草はひどく優しかった。

私を呼ぶその声が好きだった。
私しか知らない、ほんの少しだけ甘えたような低い声。


全部全部、大好きだった。





「……っ、ウォス……っ」

私よりも私の身体を知り尽くしたあなたの手が私の体を這う。その大きくて少しかさついた手で私の身体を溶かして、確実に私を高みへと追い詰めていく。

いつもなら、ただその波に全てを任せてしまうのだけれど、今日はそれが酷く辛い。



ウォースラが家を継がなければならないのだと言うことも、親の決めた婚約者がいると言うことも、最初からわかっていた。けれど、たとえ限られた時間でも彼の傍にいられるだけで良かった。未来のない恋だったとしても、あなたがいてくれればそれで。

―――そう思っていたはずだったのに。



「すまない」と頭を下げたあなたの姿を見ていられなくて、黙ったまま手を引いて向かった寝室。最後にもう一度だけ抱いてくれたら諦める、想い出に出来ると、戸惑うあなたを説き伏せて私たちはベッドに沈んだ。


この部屋で、このベッドで何度こうやって身体を重ねたんだっけ……。

ウォースラに揺さぶられながら、彼の肩越しに見える天井をぼんやりと眺めてそう思った。

苦しげな息遣いも、額ににじむ汗も、いつもより熱くて湿った身体も、何も変わってはいないのに。もう、この人は私のものじゃなくなってしまう。

「……

そんなことを考えている私に気づいたのか、ウォースラが動きを止めた。私を見つめるその哀しげな瞳に、心が締め付けられそうになる。開きかけた口からまた謝罪の言葉がこぼれるような気がして、私は自分の唇でそれを遮った。それに応えるように舌を絡ませながら、ウォースラは再び動き始める。

襲ってくる快楽の波と、堪えきれない悲しみに涙がこぼれる。それを見られたくなくて、私はウォースラにただ強くしがみついた。



もうこのまま、繋がったままひとつになれたらいいのに。全部私がとけてしまって、あなたになれたら良かったのに―――。



私だけのものになってくれなくても良かった。だけど、誰かのものにはなって欲しくなかった。



「……、愛してる」



意識を失う寸前に聞いた言葉は、しっかりと胸の奥に染みて。私の想いも一緒に沈んだ。


2010.2.11

title from 『涕涙ステラ』