君にとける




「アズラス将軍、こちらもお願いします」

そう言われて再び目の前に差し出された書類の束に、眉間に皺がよったのが自分でもわかった。

「そんなお顔をされてもダメです。今日中に処理して頂かないと」
……」

ふぅ、とため息をついて、目の前のの顔を見上げた。

「書類など、お前が見て俺がサインだけをすればいいんじゃないのか。誰が見たって同じだろう
「いいえ、そのようなわけにはいきません。ちゃんとご確認頂かないと困ります」

有無を言わせずに、ぴしゃりとは言い放つ。

「ああだが、そろそろ午後の鍛練の時間なのだが……」
「鍛練も大切ですが、こちらの仕事も将軍の重要なお仕事です。それに、先程ローゼンバーグ将軍にアズラス将軍は遅れるとお伝えしておきましたのでご安心を」

淡々と言いのけたに、俺は苦笑いするしかない。
これ以上の抵抗は無駄だと諦めて、卓上に置かれた書類に手を伸ばした。



は俺専属の秘書だ。まだ若いが優秀で、どんな仕事もそつなくこなす。少々……いやかなり口うるさいが、おかげで以前よりも仕事がしやすくなっているのは確かだ。
バッシュに言わせれば、「才色兼備」。まぁ、確かに美人だ。スタイルだって悪くない。だが、いかんせん頭が固いし、隙がない。普通、あの年頃の女ならば、もう少し自分を着飾ることに熱心になっても良さそうなものを。

「…何か?」

俺の視線に気付いたが訝しげにこちらを見た。

「い、いや、なんでもない」

俺は再び文字ばかりが並んでいる書類に目を落とした。
とっととこんな退屈な仕事は終わらせて、早いところバッシュの元へ向かおう。執務室にばかり閉じ籠っていると、身体が窮屈で仕方ない。





「うぉっ!」

ガクン、という衝撃に思わず声が漏れた。まだぼんやりする頭で何が起こったのか確かめようと辺りを見回すと、の驚いた顔が目に入った。

「……大丈夫ですか?」
「あぁ……寝てしまっていたのか……」

目を覚ますために両手で頬を叩く。

「あの……」

不意にが口を開いた。

「なんだ?」
「アズラス将軍……寝癖が」

が指し示した所に手をやると、確かにその部分が不自然にはね上がっていた。

「あぁ、くそっ」

ガシガシと頭をかいてみたが、どうやっても直りそうもない。ブルブルと頭を振ってもみたが、それで直るわけもなく…と、そこで押し殺したような笑い声が耳に届いた。顔を上げると、顔を伏せたまま、僅かに肩を震わせるがいた。

「そんなに笑わんでも……」
「だって、子どもみたいで」
「おい、ガキと一緒に……」

『一緒にするな』と言うつもりだったのだが、俺は口を開けたまま固まってしまった。
なぜなら、今俺の目の前にいるが、いつものクールな姿からは想像もできないほど、顔をくしゃくしゃにして笑っていたのだ。
そういえば、微笑むくらいはあったが、こんなに笑った姿を見たのは初めてかもしれない。

「す、すみません。だけど……」

よほどツボにはまってしまったのか、は相変わらず笑っている。

本当は、「いい加減にしろ」と文句のひとつも言ってやりたいところなのだが、なぜか俺の口からは何も出てくることはなく、ただ、無防備に笑うに目を奪われていた。



ああ、マズい。
明日から、この執務室で過ごす時間が増えてしまいそうだ。


2010.1.11

title from 『Traum Raum』