想い出にしたくない人がいます
ドリーム小説
無愛想で、不器用で、甘い言葉を囁かれたことも片手で足りるほどだけれど。
約束だけは、どんな時でも守ってくれた。出来ない約束は、決してしない人だった。
それなのに、どうしていちばん大切な約束は守ってくれなかったの―――?
目の前には沈痛な表情のバッシュ。
2年ぶりの再会を喜んだのもつかの間、彼の口から発せられた一言に、私は頭の中が真っ白になった。
今、なんて言ったの?……バッシュは今―――。
「ウォースラが、死んだ……?」
バッシュの言葉をそのまま自分の言葉でなぞってみた。けれど、あまりにも想像さえしていなかったことに、頭がうまく追いつかない。
「嘘……」
バッシュは苦しげに眉を寄せて言葉を選ぶようにゆっくりと、けれどしっかりと言葉をつないでいく。
「引き摺ってでも共にあの場から逃れるべきだったのかもしれない―――。だが、ウォースラの心中を、武人としての誇りを思えばこそ、そうは出来なかった……すまない、……」
そう言ってバッシュは頭を下げた。その姿を見て、これは現実なのだとそう思えた。
ダルマスカを再興するのだと、そう心に強く誓って進み続けたウォースラ。あなたはそれをその手で成し遂げることが出来ないまま、逝ってしまったの……?
『どうして?私も一緒に行きたい!』
『駄目だ。おまえが来たところで足手まといになるだけだ』
『そっ、そうかもしれないけれど……!』
『心配するな。……もう少しだ。バッシュも戻ってきた。ダルマスカが再び俺たちの元に戻る日は近い。だから―――』
『……だから?』
『それまで待っていて欲しい。必ず戻ってくる。戻ってきたら―――』
「。これを……」
バッシュが差し出した手のひらには、見覚えのある指輪があった。あの日、ウォースラがくれたもの。少し照れくさそうに、2つの指輪を無造作に服のポケットから出してくれたのだ。
「……これ、お守りの代わりに、って、ウォスに渡したのよ……」
ウォースラはそれをシルバーのチェーンに通し、首からさげてくれた。そして、今私の首に下がっているのは、ウォースラが代わりに渡してくれた彼の指輪。私はそれに、そっと触れた。
「……『約束を、守れなくてすまない』と……」
搾り出すように、バッシュは口を開いた。
「『どうか、幸せになってくれ』と、そう、ウォースラは……」
その言葉を聞いた瞬間、ずっと堪えていた涙が私の目からこぼれた。
『戻ってきたら―――ずっとおまえの傍にいる』
『結婚してくれ、』
「……っ……ウォス…っ」
ぎゅっと、手の中の指輪を握り締める。それはまるで、ついさっきまでウォースラが身に付けていたかのように温かかった。
「戻ってくる、って、約束、したのに……っ」
「……」
「傍に、いるって、言ったくせに……っ!」
それなのに、どうして?どうしてあなたはいなくなってしまったの―――?
「っ、幸せになれ、なんてっ……勝手なこと、言わないでよ……っ!」
あなたがいないのに、どうやって幸せになれって言うの―――?
「忘れてなんか、やらないんだから……っ!」
こんなにも心があなたでいっぱいなのに―――。
「ずっと、ずっとっ、ウォースラのこと……っ!」
―――もう誰のことも、あなた以上に想えるはずはないのに―――
あれから1年、大戦は終わりを迎え、イヴァリースには平和が戻った。―――そして、ダルマスカも。ラバナスタの街中にたなびいていた帝国の国旗は取り払われ、至る所で目にしていた帝国軍も今ではその姿を消していた。
「ウォースラ……あなたの信じていた通りになったよ」
ウォースラ、あなたの愛した国が戻ってきたわ―――。
鼻の奥がつんとして視界がぼやけてくるのを、目をこすってごまかす。
「……もう、泣かないって決めたんだから……」
大きく息を吸い込んで、晴れ渡った空を見上げた。真っ青な空を飛空艇が飛び交っている。
「ホント、ウォースラってバカよ」
空を見上げたまま、私は誰に言うでもなくそう呟いた。
「いっつもひとりで背負い込んで、かっこつけて。それで女の子にもてるとでも思ってたのかな。あんな無愛想な顔じゃ無理なのに。たいして優しくもないし、マメでもないし、びっくりするほど頑固だし……」
「おい、随分な言われようだな」
ぴたりと、時が止まったような気がした。
―――この声、は……
この1年、ずっとずっと夢の中で聞いていた声……
「おまえがそんな風に思っていたとは心外だな」
「……ウォス―――?」
ゆっくりと顔を向けた先にいたのは、最後にあった時よりも少し痩せてはいたけれど、紛れもなくウォースラで。
「ど、して……」
目の前のことが信じられず立ち尽くしている私に、ウォースラは静かに話し出した。
「―――あの時……俺は確かに死を覚悟した。……だが意識を取り戻した時、俺がいたのはあの世などではなく、モーグリたちが暮らす海沿いの小さな集落だった。モーグリたちの話では、海岸の浅瀬に落ちた今にも燃え尽きそうな小さな飛空艇の中に、俺はいたらしい……。おそらく、爆発の時の爆風で、運良く艇に置かれていた飛空艇に身体が吹き飛ばされたんだろう―――」
ウォースラは、それから動くことさえ出来なかった自分をモーグリたちが看病してくれたこと、やっと動けるようになった頃、ちょうどその集落を通りかかった元解放軍の仲間と出会ったことを話してくれた。
けれど、その言葉は私の中を通り過ぎていくばかりだった。辛く、哀しみで溢れていたこの1年のことよりも、こうして目の前にウォースラが再び現われてくれたことが言葉に出来ないほど嬉しくてたまらなかった。
次々と零れ落ちる涙を拭うこともしない私の代わりに、ウォースラがその手でそっとそれを拭った。その手のひらが温かくて、優しくて、私の涙はさらに溢れた。
「……っ、いつまでっ、待たせるつもりだったのよっ……」
「すまない、」
「約束っ、したんだから……っ」
「ああ」
「私……っ、ウォースラとじゃなきゃ、幸せになんかなれないんだから……っ!」
ウォースラはそんな私を、これ以上ないほど私の身体を強く抱きしめた。
「ただいま、―――」
私の首にさげた2つの指輪が、私とウォースラの間で嬉しそうに音を立てたような気がした。
2010.6.26