反論さえ呑みこんで




ウォースラが、女の子たちにそれなりに人気があることなんてわかっていた。

背だって高いし、身体だって無駄な肉がないほどに鍛え上げられているし、見た目だって悪くない。それに何より、この地を守るダルマスカ軍を率いる『将軍』なんだもの。

だけど、人よりもだいぶ愛想の悪い厳つい表情をしているから、いくら興味を持っても女の子たちは声をかけるどころか、近寄ることさえ戸惑われるらしい。だから、なんの躊躇いもなくウォースラに接するが新鮮だったみたいだ、って彼の友人であるバッシュが教えてくれた。普段から「女に騒がれるのは好かん」が彼の口癖だったそうだ。



「……って、言ってたよね……?」


私は人ごみからなんとか抜け出して、人垣の隙間から見えた光景に思わずそう呟いた。

年に2回行われる軍のナルビナ城砦演習。今回はウォースラが率いる部隊がそれに参加するために1ヶ月前にここ東門から出発した。今日、その部隊が帰ってくると聞いて出迎えるために足を運んだ私の目に飛び込んできたのは、女の子たちに囲まれてまんざらでもなさそうなウォースラの姿だった。家族や恋人に出迎えられる兵士たちに混じって、ひときわ多くの人(それも女の子)に囲まれたウォースラは困ったように首を傾げながらも、苦笑いをこぼしてその女の子たちに応じている。

「……嬉しそうな顔しちゃって」

迎えに来ると約束したわけでもなかったし、これ以上ここにいるのもなんだか馬鹿馬鹿しくなって、私は外門前広場へと続く階段に足を向けた。





「―――おい、

投げかけられた言葉に、読んでいた本から目を逸らすことなくぼんやりと答える。

「なに?」
「何を怒っている」

ちらりと顔を上げると、相変わらず無愛想な顔がこちらを見つめていた。

「別に怒ってないけど?」

そう答えれば、僅かに眉間に皺を寄せて氷を入れた琥珀色のお酒を一口だけ口に含んだ。そしてグラスを置くと、思い出したように口を開いた。

「そう言えば、昼間東門まで来ていたのか?バッシュがおまえを見かけたと言っていたが」
「人違いじゃない?」

再び本に視線を戻すと、大げさなくらいに大きな溜息が耳に届いてきた。

「やっぱり怒ってるじゃないか」
「だから、怒ってないってば」
「口が尖っているぞ。おまえは怒るとすぐにそうなるからわかりやすい」

その言葉に思わず手のひらで唇を覆ったけれどとっくに手遅れで、「ほらな」とウォースラが楽しげに口にした。

「で、何に対してご機嫌斜めなんだ?1ヶ月ぶりに会った恋人をほったらかしてそんなもんばかり眺めて」

本当は本なんて読んでいない。開いてはいるけれど、全然文字が頭に入ってきていなかった。だけどそれを悟られるのも癪に障るから、何も答えずに読んでもいない本をめくる。その態度にさすがに痺れを切らしたウォースラが小さく舌打ちをして「これだから女ってやつは」と呟いた。

「……あら、その“女”に囲まれて鼻の下を伸ばしていたのはどこの誰?」
「は?」
「あんなにたくさんの女の子に出迎えられて、そりゃあ嬉しかったんでしょうね」
「なんだ。やっぱり来ていたのか」
「通りかかっただけよ」

ぱたん、と本を閉じて顔を上げると、にやにやしながら顎に手を当てたウォースラの顔があった。

「……何よ」
「そうか、やきもちを妬いていたのか。珍しいな」
「なっ……!」

やけに嬉しそうにそういうウォースラと、言い当てられて動揺してしまった自分に腹が立って、私は乱暴に椅子から立ち上がった。そんな私を気にすることなく、ウォースラはにやついた顔のまま続けた。

「あれだけ囲まれたら仕方ないだろう。まさか足蹴にするわけにもいかんし。おかげで王宮に戻るのにも一苦労だった」

そう言われても、やっぱり頭に浮かぶのはいつもよりも目尻が下がったあの時のウォースラの顔。そんな些細なことで、とは自分でも思うけれど、やっぱりあまりいい気はしない。あんな顔、他の人になんて見せないで欲しい。彼に言われたとおり、これは完璧な『やきもち』だ。

「ふうん、そう?全然そんな風には見えなかったわ。一緒にいたバッシュは本当に困ってたみたいだったけれど」
「あいつはああいうのに慣れていないからな」

私は窓際のチェストの上に先ほどまで眺めていた本を戻しながら、わざと声を張り上げた。

「全然そっちの方がいいわ。やっぱりバッシュみたいな人がいいのかな。優しいし、大事にしてくれそうだし……」




―――ほんのちょっとだけ、意地悪を言ってみたかっただけだった。ああ言って、ウォースラにもやきもきして欲しかっただけ、だったのだけれど……。


「ほう?俺は優しくないと?」
「……っ」

さっきまでのにやけ顔はどこへやら、いつの間にか私の傍までやって来ていたウォースラの顔は明らかに引きつっている。

「俺は大事にしていないと?」
「いや、あの……」
「だから『バッシュの方がいい』だと?」
「あの、ウォス……っ、きゃぁっ!」

これはマズイ、と謝ろうとしたけれど、謝罪の言葉を口にする前になぜか私の体は宙に浮いていた。

「ちょ、ウォス!?」

抱き上げた、というより担ぎ上げた私をウォースラは奥の寝室まで運ぶと、そのままベッドの上に放り投げた。スプリングで弾む身体をなんとか立て直して、文句を言ってやろうと口を開く前に、私の口はウォースラのそれに塞がれた。

「……っ」

噛み付くような荒々しいキスに息苦しさが限界になった頃、ウォースラはやっと私を解放した。

「もうっ……」
「いいか?」

まだ息苦しさに肩を上下させる私を、その鋭い瞳で真っ直ぐに見据えてウォースラは言う。

「どれほど俺がおまえを想っているのか、今から嫌というほど教えてやる。―――俺は、おまえよりも何倍も嫉妬深いんだ」



勝手に妬いて、怒って、あなたに意地悪を言って。
それでも最後の言葉で全部がどうでも良くなったって言ったら、あなたは呆れてしまうかしら。


2010.3.11

title from 『確かに恋だった』