甘いクスリ



「いらん」


返されたその言葉にぴくりと自分の米神が引きつったのがわかったけれど、なんとかぐっと堪えて言葉を続ける。


「でも、何かお腹に入れないと薬だって飲めないじゃない」
「だから薬などいらん。寝ていればこんなもの治る」
「そんなこと言って、昨夜から全然熱だって下がってないじゃない。……もしかしてウォス、苦い薬とか嫌いなの?」
「ば、馬鹿!そんな子どもみたいなことあ―――っ!げほっ!」
「もうっ、大丈夫?」


咳き込み始めたウォースラの背中をさすると、いつもの姿からは想像できないほど弱々しい返事が返ってきて、私はふうとため息をついた。





ウォースラが私の部屋のドアをノックしたのは昨日の夕暮れ時。「少し休ませろ」とそう言ってベッドに倒れこんだウォースラの顔は上がり始めた熱のせいであっという間に真っ赤になって、私は彼が風邪をひいている事に気がついた。


「お医者様に診てもらえばよかったのに」
「風邪ごときで医者などいらん」
「あら、風邪だってこじらせると死んじゃうかもしれないのよ?」


私の言葉にウォースラはふん、と鼻を鳴らして昨夜はそのままブランケットに潜り込んだのだ。なんとか煎じた薬草は飲ませることが出来たけれど、「寝てれば治る」一点張りのウォースラの体調は、一向に良くなる気配がない。





無理やり手にした2日間の休みも、「私用がある」と嘘をついてとったものだと、さっきまだウォースラが寝ている時に薬を持ってきてくれたバッシュが教えてくれた。


「風邪をひいた時くらい素直になってもいいのにね」
「甘えているんだよ」
「あれで?」
「でなければ、ウォースラが弱ったところを他人に見せるなんてしないと思うよ」


自分にも体調が悪いことは告げずに帰ったのだから、自分が来たことはもちろん、王宮付きのお医者様の処方した薬だということも秘密にするようにと、そう念を押して笑いながらバッシュは帰っていった。





汲んだばかりの冷たい水で絞ったタオルで、ウォースラの額に浮かんだ汗を拭う。その冷たさが心地よかったのか、ウォースラがゆっくりと息を吐いた。


「ねぇウォス、お願い。少しだけでも食べて?そうしたら薬も飲めるし。明日までしか休めないんでしょう?」
「……ああ、来週はナブラディア王室から国王の名代がやって来られるからな」
「じゃあ尚更早く治さないと。ごはん、柔らかめに作ったから消化もいいと思うの」


仕事の話をしたことが効いたのか、観念してゆっくりと身体を起こしたウォースラの背に枕とクッションを入れて寄りかからせる。どこまでも仕事一筋で真面目な彼に、思わず苦笑いが浮かんでしまう。


「はい」
「……なんだ」
「はい、口あけて?大丈夫よ、ちゃんと冷ましたから」


ナンナのチーズを入れたリゾットをスプーンですくって目の前に差し出すと、ウォースラの目に困惑の色が浮かぶ。


「ふざけるな!そんなことされずとも自分で―――」
「あら、まだ身体に力も入らないくせに。スプーン落とされてシーツをチーズだらけにされたらお洗濯が大変なのよ?」
「ぐ……」


しばらく口をつぐんで葛藤していたウォースラは諦めたようにため息をついて口をあけた。もちろん少しだけ、そっぽを向いて―――。




「美味しい?」
「……ああ」
「刻んだショウガも入れたから、身体もあったまるわよ」


黙って口を動かしながら、ウォースラは小さく頷いた。少しだけ素直な姿に笑みが浮かぶ。でも、熱のせいでもショウガのせいでもない、さっきよりも赤くなっている顔を指摘したら、きっとさらに赤くなって怒るんだろうな。


「……何がおかしい」
「ん?何も?」
「なんだかひどく嬉しそうに見える」
「気のせい、気のせい」


納得がいかない様子のままのウォースラに薬を飲ませて、再びベッドに押し込めた。





すう、と眠りの世界に吸い込まれていったウォースラの汗ばんだ髪をそっと撫でる。


頑固で意地っ張りで素直じゃないウォースラ。


でも、そんな彼が弱った時に真っ先に頼ってくれたのが私だったのだと思うと、不謹慎だけれど、やっぱり嬉しくてたまらない。

私の前だけ、普段も素直になってくれたなら、もっともっと嬉しいのだけれど。




「目が覚めたら、きっと良くなってるわ」


寝息を立てるウォースラの額にそっとキスを落として、私もベッドに寄りかかってゆっくりと目を閉じた。



2012.10.28