愛してるから、どうか



肌に触れる寝具は、これまで感じたことのないほどに柔らかで滑らかで、それがいかに上等なものであるのかを実感させられる。けれどその感触が、余計に今の私の心を浮き彫りにさせているようだった。

「ここまできて怖気づいたのか」

私に覆いかぶさっている男は、つと顔を上げて、目線を僅かにこちらに向けた。少しグリーンがかった黒髪が切れ長の目に少しばかりかかっていたが、それを気に留める様子はない。

「いえ……」
「では、我が妻となったことを悔いているのか」
「そうではありません」

私は組み敷かれた体勢のまま、目の前の美しい顔をじっと見据える。

「私は生まれ落ちたその瞬間から、ソリドール家の……あなたの妻となるべく運命づけられた身です。そのことを一度たりとも疑ったことも、悔やんだこともありません」

男はしばし沈黙していたが、口端を上げて嘲笑うような表情を見せた。

「さすがは伯爵家のご令嬢というところか。随分とご立派だな」

蔑むようにそう言うと、男は再び私の首筋に顔を埋めた。



私も、あなたに聞きたいことがあります。

なぜ、全てを見通したような表情をしながら、そんなにもその瞳は哀しげなのですか。
なぜ、その冷たい言葉とは裏腹に、そんなにも優しく私に触れてくださるのですか。

最初から決められていた婚姻だったからじゃない。私はまだ幼かったあの日、初めてお逢いした時から、ただずっと、あなただけを想って生きてきたのです。その瞳の奥の哀しみも、世界を握り締めるには美し過ぎる手も、少しでもいい。私に預けてほしいのです。

「ヴェイン様……」

この想いが伝わるように願いをこめてそっと名前を呟くと、ほんの少しだけ私の体を抱きしめる力が強くなった気がした。

もし、自惚れでないのなら。少しでも、あなたが私の事を想っていてくれるのなら、どうかそんなに怯えないでください。



私の心は、とっくにあなたのものなのだから。




2010.1.11

title from 『Sinnlosigkeit』