朝からかかって遠征続きで溜まりに溜まった書類をやっと片付けたのは、昼をとっくに過ぎた頃だった。
固まった身体を鎧の下で伸ばし、空腹を満たしつつ一息つこうかといつものカフェテリアへと向かえば、
外を見渡せる窓際の席に座る見知った同僚の姿を見つけた。
頬杖をつき、なにやら物思いにふけるその横顔。
「やあ、ドレイス」
兜を外しながら彼女へと近づく。
上級職の者しか利用できないカフェテリアは、皇帝宮内では執務室以外で唯一兜を外せる場所だ。
「ああ、ザルガバースか」
ちらりと私を見遣ったドレイスは、そのまま再び外を眺めた。
「卿も今休憩かね?」
「……ああ」
「事務仕事ばかりだとさすがに参るな」
「……ああ」
こちらの話に曖昧な返答しか返さない彼女に、私は苦笑い交じりに告げる。
「なんだ、恋の悩みか?」
その瞬間、ぼんやりとしていたドレイスがこちらを振り返り慌てたように口を開いた。
「ば、バカなことを言うな!」
その真っ赤に染まった顔が私の問いを肯定しているというのに。
そんな彼女がかわいらしくなって私は思わず笑みがこぼれた。
「笑うな!違うと言っているだろう!」
どんなに勇ましい姿をしていても、彼女も恋に焦がれるひとりの女性なのだと、
相変わらず言葉と表情が真逆のドレイスを見て思う。
「だが、口にせねば伝わらないこともある。特に、誰かさんのような堅物にはな」
そう口にすれば、ドレイスは驚いたような顔をした。
そして再び反論しようと口を開けたが、穏やかに笑みをたたえる私の顔を見てため息をついた。
おそらく、もう何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
「―――あいつが見ているのは、ここではない。ずっと遠くにあるものだ」
ぽつりとドレイスは呟いた。
真意を付いたその言葉に、思わず頷きそうになる。
確かに、彼女の想い人はここにありながら、いつも我々とは違う何かを背負っているように見える。
外民出身ゆえの頑なさなのか、それとも別の何かか―――。
苦いコーヒーを口に運びながら思う。
その想いが報われなくとも、せめてかわいらしくも不器用なこの同僚にはいつの日か、
女性としての人並みの幸せを掴んで欲しいと思うのは、私の勝手な願望だろうか。