「失礼します」
テラスの入り口で声を掛けると、彼は以前よりも随分と大人びた笑顔をこちらに向けて私を呼び寄せた。
テラスには暖かい陽の光が差し込み、心地いい風が吹き渡っている。
アルケイディス市街を一望できるこの場所を、ラーサー様はとても気に入っていた。
大戦を終え、間もなくその若さでアルケイディア帝国の皇帝の座に着いたラーサー様。
聡明で思慮深い行動力でこの大国を纏め上げているように見えるが、
やはりそのまだ若い身には大変な気苦労も多いことであろう。
そんな彼が唯一息抜きを出来るのが、この場所だった。
「どうでしたか?ガブラスの、弟君の様子は」
そしてこの方は、招き入れる者が限られているこの場所でのみ、他にはザルガバースしか知らないその話をする。
「ええ、随分と回復しておりました。順調に行けば、こちらへの復帰できるのも間もなくでしょう」
「そうですか!」
先日ノアに会った時のことを伝えれば、嬉しそうに頬を緩めた。
ほんの少し見えた歳相応のその表情に、こちらも自然と笑顔が浮かぶ。
「彼が戻れば、必ずや陛下のお力になれることでしょう。そうすればこれからのアルケイディスは…」
「待ってください」
私の言葉を遮り、ラーサー様は真っ直ぐに私を見つめた。
「まさかとは思いますが、ガブラスが戻ったらあなたはここを去るつもりではないでしょうね?」
まさかそんなことを問われるとは思いもしなかった私は返答に詰まってしまう。
「ジャッジ・ガブラスが戻ったら、私がさっさとあなたの任を解く男だと、そうお考えですか?」
「あ、いえ、決してそのようなことではなく―――」
「では?」
私は変わらず真剣な眼差しを向けたままのラーサー様を見つめ口を開く。
「ノアが、弟が戻った後、私がこのままここに残るわけにはいきません。
私たちが双子であるとわかれば、色々と勘ぐるものも出るでしょう。
―――そして、あのナルビナでの出来事も知られることとなれば……」
処刑されたはずのダルマスカの将軍が生きているとなれば、
平和へと向かって歩み始めたイヴァリースを根本から揺るがしかねない事態となるかもしれない。
だからこそ、ノアがその傷を癒しここへ戻ってきた暁には、
自分はここを去ろうと、この鎧を身につけたその時から私はそう決めていた。
「残念ながら、それを認めるわけにはいきません」
「……は?」
思わず問い返した私に、ラーサー様は笑顔を浮かべた。
「あなたにここを辞めてもらっては困ります」
「しかし―――」
ゆっくりと腰掛けていた椅子から立ち上がり、ラーサー様は眼下に広がる街を見つめた。
「帝国には、まだあなたの力が必要なんです。もちろん、ガブラスの力も。
どうかここに留まってガブラスと共に、私に力を貸してください。
そしてこの国からイヴァリースを、ダルマスカを守ってください」
その言葉に、心の中にかつての主君の姿が浮かび上がった。
あのお方は今、暑い陽射しが降り注ぐあの場所で、
取り戻した国をさらに立ち上がらせるべく心を尽くしておられるはずだ。
頭上に広がる空を見つめ、そう思った。
「もし、あなたが危惧しているような事態が起こったときは、私が全責任を取ります。
家臣を守るのも私の務めです。任せてください、こう見えても私はこの国の皇帝なんですよ」
まるで悪巧みをする子どものような笑みを見せたラーサー様に、私は苦笑いを返すしかなかった。
「これからも、共に力を尽くしてくれますか?―――バッシュ・フォン・ローゼンバーグ」
この先、ノアと共にアルケイディアの、イヴァリースのために生きることが許されるのならば。
そして国は違えど、少しでもアーシェ様のお力になれるのならば、私は喜んでこの身を捧げよう。
「御意―――」
心からの謝意とこれから先の忠誠を表すべく、私は胸に手をあて若き皇帝の前に跪いた。