「相変わらず神出鬼没なのね」
書類に走らせていたペンを止め、闇に包まれたバルコニーへと声を掛けると、風になびくカーテンの隙間から見知った人影が姿を現した。
「それは褒め言葉ととっても?」
「ご自由に」
にやりと笑ったその表情はどこまでも記憶のままのその顔で、あれから1年以上もたったなんて思えないほどだった。
広い広いこの世界を、仲間たちと旅をしたあの日々。
あの頃の思い出が今でもありありと蘇る。
「でもよくここまで来れたわね。一応これでも王宮には一通りの警備を敷いているはずなのだけれど」
「兵士たちが無能なわけじゃないさ。何せ相手はイヴァリースでも一流の空賊なんだから仕方ないだろう?」
「そういうところも相変わらずね、バルフレア」
そう口にして、声に出してその名を呼んだのが随分と久しぶりなことに気づいた。
心の片隅にはいつもあったはずなのに―――。
「遅ればせながら、即位の祝辞を述べに参上したのですが?―――王女様」
そう言って、バルフレアはスマートな身のこなしで手を胸にあてた。
「戴冠式、来てくれたら良かったのに。ヴァンやパンネロが会いたがっていたわ」
「まさか空賊が参加するわけには行かないだろう?」
肩をすくめてそう言った後、バルフレアはじっと私を見た。
「―――それとも、また盗んで欲しかったのか?」
真っ直ぐに私視線を向けるバルフレアの顔を、私もただ見つめ返すことしか出来なかった。
バルフレアの手を取って、この王宮から飛び出して、どこまでも続くあの青い空をあのシュトラールで彼と―――……
「まさか」
浮かんだのは、小さな笑みだった。
「―――だよな」
「ええ、そうよ」
それは、諦めでも投げやりでもない、正直な気持ちだった。
私には今、私を信じ支えてくれる何物にも変えがたい大切な多くの人たちがいる。
そしてそんな彼らが、父が、守りたいと願い続けてきた場所が、ここにはある。
「もう、この国の誰一人にも、あんな思いはさせないわ」
そう告げた私に、バルフレアは「ああ」と頷いた。
「まあ、息が詰まりそうになったら呼んでくれ。少しくらいなら空でのエスケープだって問題ないだろ?」
「ありがとう、そうなったらお願いするかもしれないわ」
「その時は宮殿の警備を半分にしておいてくれよ?」
「あら、一流の空賊にはなんの問題もないんじゃなかったかしら?」
私たちはどちらともなく笑いあった。
「じゃあ、そろそろ行くとするか」
「……ええ」
バルフレアはそう言ってから、ゆっくりと私に近づいて私の手をとると、その甲に触れるだけの口づけを落とした。
「この国に、そして麗しき王女様に神のご加護を―――ファーラム」
目を閉じてそう告げた後に見せてくれたあの彼らしい笑みを、私はきっと忘れないだろう。