冷えた肌に温もりを



気がつくと、街は本格的な土砂降りになっていた。

地面に叩きつける雨は音を立て跳ね返り、大きな水しぶきを上げている。
さっきまで雨から逃れるように急ぎ足で行き交っていた人たちも、今は姿が見えない。

「どうしよう。帰るにも帰れなくなっちゃった……」

私は溜息をつき、真っ黒な雲に覆われた空を見上げた。


そろそろノアが帰ってくる頃だからと迎えに出たのに、あと少しというところで雨が降り出してしまった。
傘も持っていなかった私は、家に帰ることも、皇帝宮の近くまで行くことも出来ずに、
こうやって雨宿りをすることしか出来ない。
ノアが来てくれたら一緒に帰れるのだけれど、ノアがこのひどい雨の中やって来るかもわからないし、
今日はまだ任務が続いているかもしれない。


―――もう少しだけ待って、雨が弱くなったら帰ろう。


そう思った時、バシャバシャと雨の中を走ってくる足音が耳に届いた。その音のする方に目を向けると、
雨の中、ぼんやりとだけれど待ち望んでいた人の姿が見えた。

「ノア!」

嬉しくなって声を掛けると、私の声に気づいたノアが驚いて立ち止まった。

「こんな雨の中、何をしてるんだ!?」

その声に、私は思わず身を縮めてしまう。

「あの、ノアがそろそろ帰ってくる頃かな、って。でも急に雨が降ってきちゃって……」

ああ、どうしよう。きっとノアは怒ってる。そうだよね、頼みもしないのに勝手に来て、挙句雨に降られて―――。

落ち込んだ私を包んだのは、ノアの温かい腕だった。

「ノア……?」
「こんなに冷えて……寒かっただろう?」

その言葉に、強張っていた体から力が抜けた。ノアの広い胸に、そっと顔をうずめる。

「ううん、大丈夫」

ノアの服は、雨の匂いと優しい香りがした。


「早く帰ろう」
「うん。帰ったら、温かいスープを飲もう?」
「ああ、そうだな」


ひとつの傘に身を寄せた帰り道、あなたが腕を回した肩と一緒に、心まで温かさでいっぱいになった。




title from 『確かに恋だった』より「雨降りに恋10題」