「ヴェイン様!」

私は入室の許可も待たずに、その豪華彫刻が施された重厚な扉を開けた。

「随分と乱暴な登場だな」

部屋の主は部屋の中央に置かれた書斎机に座ったまま、ため息をついて私を見た。

「ラーハイム伯爵のご令嬢との婚約を白紙に戻したと言うのは本当ですか!?」

一気にまくし立てた私に、まるで大したことではないように、ああ、と短い返事が返ってきた。

「なぜ……!?」
「必要がないから、だ」

ヴェイン様は立ち上がって、背後の壁一面の大きな窓から外を眺めた。アルケイディスの街は陽が沈み始め、夕焼けに染まろうとしていた。

「今時伯爵家などなんの力も持たない。元老院の輩がうるさいから見合いをしたまでだ」

それに、とヴェイン様は言葉を続ける。

「私はおまえ以外を傍に置くつもりはない」

射抜くような瞳で見つめられれば、反論することさえ躊躇われる。だけど、黙っているわけにはいかない。

「まだ、そのようなことを……ヴェイン様にはもっと相応しい方がいらっしゃいます。私のような―――」
「由緒正しい家の出身でもない、ただの補佐官に過ぎない自分は相応しくない、と?」
「……はい」

出来る事ならば、私だってヴェイン様のお傍に居続けたい。けれどそれは到底無理な話。言葉は悪いけれど、次期皇帝候補のヴェイン様の奥方には、知名度や財力を持った家の出の女性を迎える必要がある。元老院の力を封じ込めるには、それが最善の策だ。

―――この方のお立場を守るためなら、私のこの想いなど永遠に封印してみせる。

「私は次期皇帝候補だ」

不意に、ヴェイン様が呟いた。

「はい。ですから尚更……」
「ゆくゆくは、私が全てを統べる立場となる」

その言葉の真意がわからず、私はただ黙ってその続きを聞いた。

「伴侶となる女の家柄に頼らずとも、私は自分の力だけでこの国を、イヴァリースを手に入れてみせる。誰にも文句は言わせん―――だからおまえは何も案ずることなく、私の傍にいればよい」
「っ、けれど……!」

再び反論しようとしたけれど、言葉を飲み込む。いつの間にか私の側まで近づいてきたヴェイン様が、その白く大きな手で私の顎をすくい上げた。

「おまえは私に捕らえられたのだ。逃げることなど私が許さない」

ヴェイン様の背後から夕陽が部屋に差し込み、彼の背中を真っ赤に染める。


「さっさと現実を理解するんだな」

もう、心も身体も逃れられない―――





title from 『確かに恋だった』より「偉そうな彼のセリフ」