[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

受け止めるよ、何度でも



ポン、ポン、ポン。


耳の後ろから聞こえる規則正しい音と開け放した窓から入り込んでくる風がとても心地いい。窓の外はもうすっかり闇に包まれているけれど、宿の1階にあるナンナ料理のお店で食事をしている人たちの陽気な声がかすかに風に乗って聞こえてくる。


こうしていると、自分たちが今この世界を変えるかもしれない戦いに身を置いているなんてこと、忘れてしまいそう。


「なんだかすごく手馴れた感じね」

そう口にすると、同じようにベッドに腰掛けて私の髪をタオルで拭いていたバッシュが小さく笑った。

「まだアーシェ殿下が小さかった頃、よくやらされていたんだ。こうしながら私やウォースラから宮殿の外の話を聞くのが楽しみで仕方なかったらしい」
「ふうん、そうなんだ」
「妬ける?」

笑みを含んで尋ねられた問いに、私もくすりと笑って答える。

「ううん。さすがに小さかった頃のアーシェ様にまでやきもちは妬かないわよ」


私がまだバッシュに出会うずっと前のこと。むしろ、私の知らない彼の話を聞けて嬉しいくらい。やっぱり最初のうちは「もっと優しく拭いて!」なんてアーシェ様に怒られたりしていたのかな。


そんなことを想像しながらひとり笑みを浮かべていると、手を止めたバッシュがぽつりと呟いた。

「そうかな。私は妬けるな」
「え?」

意味がわからず後ろを振り返ると、バッシュのブルーグレイの瞳が私を見つめていた。あまりにも真っ直ぐな視線がものすごく恥ずかしくなって、赤くなっていく顔を隠すように慌てて視線を窓の外に戻す。

「私が知らない頃のレイラに出逢った男たちが羨ましいよ」

そう言って、バッシュは再び私の髪をタオルではさんでぽんぽん、と叩き始めた。

「……そんな、おおげさよ」
「そうかい?昔はどんな子だったのか、何が好きだったのか、どんな恋をしたのかとか。君の事は全部知りたいと思うよ」

さらりとバッシュが告げた言葉に、自分の顔がますます赤くなっていくのがわかった。もうこの感じだとどんなに前を向いていても、耳まで真っ赤になっているに違いない。

「……バッシュって、真面目そうに見えてそういうことさらっと口にするのね」
「おかしいかい?」
「うーん……バルフレアなら普通に言ってそうなんだけど」

バッシュもその言葉には賛同したのか、おかしそうに笑い声を立てた。

「前はね、恥ずかしさのほうが勝ってとてもじゃないが言えなかったよ。―――だけど最近、心に思ったことは正直に口にした方がいいと気づいたんだ。伝えたくても伝えられない状況になってしまった時に、あの時ちゃんと言って置けば良かったと、そう後悔しないようにね」


私は思わず振り向いた。バッシュは少し驚いたような顔をしたけれど、その瞳はどこか哀しげだ。


ああ、やっぱり。バッシュはきっと、ナルビナで過ごした時のことを思い出しているに違いない。無実の罪を着せられ、地下深くの独居房にずっと閉じ込められていたのだと、前にバルフレアが教えてくれた。暗い地下牢で、バッシュは一体何を思って2年もの間を過ごしていたんだろう。そんなこと、私には想像することさえ出来ない。出来ない、けれど―――。


レイラ?」

ぎゅっとバッシュの首に回した腕に力をこめる。

「もっと、もっと言っていいよ。バッシュの気持ち全部聞かせて。恥ずかしくなっちゃうかもしれないけど、本当はすごく嬉しいんだから!それから、私もちゃんと言うね。バッシュがもうたくさんだよって呆れちゃうくらい私の気持ち、バッシュに伝えるから」


だから、だからもう、そんな顔しないで。ずっとずっと、私は傍にいるから。



そっと回ったバッシュの大きな手のひらが私の背中を優しく撫でた。

「―――好きだよ、レイラ」
「私も大好きよ、バッシュ」
「このまま離れたくないよ」
「うん、ずっとこうしていたいわ」
「本当かい?じゃあとりあえず朝が来るまで、ずっとこのままでいようか」



視線を合わせて、笑い合って、何度もキスをして。
ぎゅっと抱きついたバッシュの身体は、いつもよりもほんの少しだけ温かい気がした。



2011.10.6

title from 『恋したくなるお題』