愛おしい嫉妬心




「ちょ、バッシュ……!」

のしかかってくる身体を必死に両手で押し返そうとしても、鍛えられた身体はびくともしない。それどころか、さらに私との距離を確実に狭めてきていた。

「……っ、ど、していきなりっ……」
「君が私の気持ちをわかってくれないからだ」




昨日街で見かけたバッシュと、そして彼に寄り添うように歩いていた綺麗な女の人。泣くことさえ出来ないほどのショックを受けたって言うのに、バッシュは飄々と「はめられたんだ」とあっさりとそう言った。


上官から突然与えられたとある人物の護衛任務。指定された場所へ行ってみれば、そこにいたのは一人の女性で、よくよく話を聞けば、いつもその手の話を断るバッシュに業を煮やした上官が無理やり用意した見合い相手だった、という。

「もちろん相手の女性にも、大佐にも私には心に決めた女性がいると伝えた」

その言葉がものすごく嬉しかったのに、眠れないほど落ち込まされてしまったことが悔しくて素直になれなかった。

「ふうん、そうなんだ。大人なのね、バッシュは。なんとも思っていない人に、あんなに優しい顔が出来るなんて。あれは誰が見ても恋人同士だと思うわよ。実際、お似合いだったし、バッシュもまんざらでもなかったんじゃない?」

自分でそう言ってなんだか少し悲しくなったけれど、その後に見たバッシュの表情にその気持ちは消え去ってしまった。


眉間に皺を寄せて、ひどく不機嫌そうで。ああ、そんな顔もするんだなんて思った次の瞬間、私はベッドの上に身体を投げ出された―――。





「ふ……っ…」

バッシュの大きな手が、私の身体を隙間なく這っていく。知り尽くされている弱いところをなぞられれば、自分でも驚くほど甘ったるい溜息が漏れる。いつもよりも早急で強引なその行為に戸惑ってしまうけれど、身体はバッシュの愛撫に反応して熱を持ち抗うことが出来ない。胸の頂を口に含まれれば、それまで必死に堪えていた声があっさりとこぼれた。

「あっ……!」

ずっとシーツを掴んでいた手で、バッシュの頭を抱え込む。まるで別の生き物のように私を翻弄する舌の動きに、ぎゅっとその柔らかい金髪を握り締めて堪えた。


「君は私がどんなに君を想っているのか、わかっていないようだ―――」
「やっ……!」

充分過ぎるほどに濡れたそこへバッシュの雄が押し入ってくる。その圧迫感と、同時に湧き上がる背中を駆け上がる言葉に出来ない衝撃に私は声を上げた。

「私がウォースラに、どんなに、嫉妬しているか―――」

ゆっくりと律動を繰り返しながら、バッシュが口にする。

「っ、ウォスはっ、ただの、幼馴染じゃっ……あぁっ……!」

狙い済ましたかのように腰を深く落とされれば、もう言葉を続けることなど出来なくなってしまう。


「……私は、まだこの1年分しか君のことを知らない」

ポツリとそうこぼし、バッシュは動きを止めた。乱れた息を整えながら閉じていた瞳を開ければ、そこにあったのはまるで叱られたあとの子どものような顔をしたバッシュ。

「バッシュ……?」

バッシュが指で、そっと私の頬に触れる。

「……ウォースラは、私の知らないをたくさん知っている」
「それは……」
「幼馴染だとわかっていても、それがひどく悔しいんだ」

そう言って少し目を伏せたバッシュの顔を、今度は私が手を伸ばして引き寄せた。コツン、と互いの額が触れ合う。私の大好きな澄んだブルーグレイの瞳が不安げに揺れる。


―――もう、なんて愛おしいんだろう。


「バッシュってば、馬鹿ね」

私がくすりと笑って見せると、バッシュは少し驚いたような顔をした。

「出逢ったのはウォスのほうが早かったかもしれないけれど、今私の隣にいるのは……傍にいて欲しいのは、バッシュなんだよ?」

ちゅ、と、そっとバッシュの鼻先に口付ける。

「それでもまだ足りないのなら、私の残りの人生、全部バッシュにあげる。そうしたら、もっともっと、私のこと知ってもらえるから」


強張っていたバッシュの顔が、ふっと緩む。

「そうだな、の言うとおりだ」

私だけに見せてくれる、安心しきった顔。

「変な嫉妬心にかられて、こんなことをするなんて大人気ないな、私は。……すまない、許してくれ」
「ううん、バッシュもやきもち妬くんだなって、嬉しかった……。それだけ、私のことを想っていてくれてるってことでしょう?」
「ああ、親友に殴りかかりたくなるほどにね」

今度はバッシュから、私の鼻先にキスが落とされる。

「じゃあ―――」

バッシュが「ん?」と言う顔をして、私の目を覗き込んだ。

「私があの女の人に嫉妬したのも、ちゃんとわかってくれる?」

その瞳を見つめ返してそう言えば、バッシュは「ああ」と頷いた。

「私も愛されてるってことだな」





「さっき言ったこと、訂正しても、もう遅いぞ」

ゆっくりと再び私を揺らしながら、バッシュが耳元で囁いた。

「君の残りの人生、全てもらうからな」



『Yes』の代わりに、私は大きなバッシュの身体を抱きしめた。




―――全部、全部あげるから。これからもずっと、私のことだけ愛していてね。



2010.12.30