君の髪に口付けて




アルケイディスへと向かう途中に立ち寄ったフォーン海岸のハンターズキャンプ。ハンターが多いせいか、他の街よりも充実している武器や装備を手に入れる資金を得るため、ここを拠点にしてモブ討伐をこなすようになって5日。

今日はバルフレアとフラン、アーシェの3人が討伐へと出かけている。私はすることもなくて、こうして海岸沿いの椰子の木陰でのんびりと時間を過ごしていた。ヴァンとパンネロは海岸で水浴びをしているようで、楽しそうなはしゃぎ声がここまで聞こえてくる。





名前を呼ばれうっすらと目を開けると、そこには私を見下ろすバッシュがいた。

「バルフレアたち、帰ってきたの?」
「いや、まだだ」

寝転んだままの私の隣に腰をおろしながらそう答えると、バッシュは指で私の頬をそっと撫でた。

「疲れただろう。昨日は随分手こずってしまったからな」
「ううん、大丈夫よ。バッシュがいてくれたし―――。お天気が良くて気持ちいいからこうしてただけ」

頬を撫でるバッシュの指に自分の指を絡めて、少しだけ力を入れて引いてみる。

「暖かくて気持ちいいの。バッシュも横になってみて?」

私の提案にバッシュは「そうだな」と微笑んで、その大きな身体を私の傍らに横たえた。その仕草を確認した後、私は再び目を閉じた。





潮の香りに混じって、微かにバッシュの匂いが風に乗って私の頬を撫でていった。優しくて暖かいお日様みたいな匂い。その匂いにひどく安心してまどろみかけた時、私の髪にそっと触れるバッシュの手に気づいた。

「本当に、短くなってしまったな……」

バッシュの手に掬われた私の髪は、すぐにさらさらとそこからこぼれていく。

「うん。こんなに短くしたの久しぶりかも。すごく頭が軽くなった気がする」

昨日、目覚めた時には背中の中ほどまであった私の髪は、夜にはアーシェと同じくらいにまで短くなった。




バッシュとヴァンと共にバルハイム地下道のブラッディの討伐に行った私は、ブラッディに気を取られるあまり、後ろに現われた骸骨のような魔物に気づくのが遅れてしまった。バッシュの声で、魔物が振り下ろした大きな鎌で身体を切り刻まれることは避けられたのだけれど、代わりに後ろでひとつに結んでいた髪をざっくりと切られてしまった。ハンターズキャンプに戻ってから、そんな私の姿に大げさなくらい驚いたパンネロとアーシェが、大騒ぎしながらも綺麗に切りそろえてくれたのだ。




「すまない。私がちゃんと君を守れていたら……」

昨夜と同じような顔で、同じ言葉をすまなそうにバッシュは口にした。

「もう、全然私は平気だって言ったじゃない!旅を続けるのには、この方が楽だし。それに、結構気に入ってるのよ?」
「そうか……」

そう言いながらも、相変わらずどこか申し訳なさそうなバッシュ。

「それとも、バッシュは長い髪の方が好きだったの?」
「いや、そんなことは……!髪が長くても短くても、私は君を……」

そこまで言って、バッシュの頬は真っ赤に染まった。私よりもずっと大人なはずなのに、そんな反応を見せてくれるバッシュが、私は愛おしくてたまらない。

「短いとね、いいこともあるのよ」

上半身を少しだけ起こしているバッシュの厚い胸に手をつき、少し開いたままだったその唇にそっと口付けた。

「……ほら。こうする時、邪魔にならないでしょう?」

意地悪く微笑んでそう言ってやれば、バッシュはさらに顔を赤くして苦笑いを返した。





「もし……」
「うん?」
「やっぱりバッシュが長い髪の方が好きだって言うなら、私伸ばそうかな」

バッシュの胸に預けていた顔を上げて、じっとブルーグレイの瞳を見つめる。

「だから、私の髪が元の長さまで伸びるまで……傍にいてくれる?」

その言葉に、今度は顔を赤くすることなく微笑んで、バッシュは言う。

「伸びるまででいいのかい?」
「……じゃあ、元の長さになる前にまた切っちゃうわ」
「そして、伸びたらまた切るのかい?」
「うん、永遠に元の長さにはならないようにする」
「……それならば、ずっとの傍にいなくてはいけないな」



バッシュに引き寄せられて交わした誓いのキスは、やっぱりお日様の香りがした。


2010.2.25

title from 『恋したくなるお題』