君の温かさを知る




ダルマスカ再興への足がかりとしてアーシェ様のダルマスカ女王への即位を請うために、我々は神都ブルオミシェイスに向かっていた。ブルオミシェイスへの唯一の陸路であるパラミナ大峡谷は、足を踏み入れた時には穏やかだった天候も、数刻前から酷い吹雪へと変わっていた。

「寒ぃぃぃ!!」
「うるさいわよ、ヴァン!寒いのはみんな一緒なんだからっ」

寒さに耐え切れずに大声を上げたヴァンをパンネロがたしなめる。だが、エルトの里で防寒着を調達して来たとはいえ、この寒さは想像以上に厳しい。砂漠に囲まれた暑い気候のダルマスカに生まれたアーシェ様、ヴァンやパンネロには余計辛いだろう。

「バルフレア。このまま進んでも体力の消耗が早まるだけだ。今日はもう、どこかにキャンプを張ったほうがいいかもしれない」
「ああ、そうだな。この天候じゃ、こいつらの方が有利だ」

バルフレアは銃をホルスターに収めながら、今しがたその武器で倒したホワイトウルフを見やった。

「だが、適当な場所はあるか?」

吹き付ける雪の中、私とバルフレアが目を凝らして辺りを見回した時、私の後ろを歩いていたが「あそこは?」と前方を指差した。

「あの崖の左側。少し窪んでいる所。もしかしたら洞窟になっているかもしれない」





の見つけた洞窟は思いのほか奥行きがあり、吹雪をしのぐのには最適な場所だった。これまでにも、同じようにここで暖をとった者たちがいたようで、中には火を焚いた形跡があった。

「入り口にも火を焚けば、ウルフも近寄ってこないだろ。、よく見つけたな」

荷物を肩から下ろしているにバルフレアがそう言えば、は嬉しそうに微笑んだ。

「まさか、こんなに広いとは思わなかったけど」
「この広さがあればゆっくりと身体を休めることが出来る。天候の回復を待ってから、明日は出発しよう」

それから我々は簡単に食事を取り、明日に備えるために早々に身体を休めた。





まだ暗闇に包まれる中、私はヴァンと見張りを交代し、火が絶えないように気を配りながら、幾分弱くなった雪に目を細めた。

―――懐かしいな……

砂漠に囲まれたダルマスカに流れ着いてから雪を見ることは全くなかったが、穏やかな気候ながら季節の移り変わりを感じられたランディスでは、冬に雪が降る日があるのは珍しいことではなかった。

あの頃は父と母がいて、ノアがいて。真っ白になった草原を2人でくたくたになるまで走り回ったせいで、翌日揃って風邪をひいて寝込んでしまい、母に叱られたこともあった。だが、その説教に懲りることなく、熱で真っ赤になった同じ顔を見合わせて、「また行こう」とベッドの中で笑い合ったものだ。

あの日々が続いていたら……

 そんなことをぼんやりと考え、その想いに自分で苦笑いがこぼれた。他でもない、それを手放したのは自分自身ではないか。騎士の誇りという名の下に、病に臥せっていた母と、最後まで俺を慕ってくれていたノアを捨てたのだ。そのせいで、たったひとりの弟は憎しみと復讐に身を焦がすことになり、新たな主として忠誠を誓ったラミナス国王をあのような最悪の形で失うことになってしまった。

後悔とも、不甲斐なさとも言葉にできない堪えきれない想いに、握り締めていた拳に力をこめた時だった。

「バッシュさん?」

背後からかけられた声に振り返れば、そこにいたのはだった。

「どうした?眠れないのか?」

強張っていただろう顔をなんとか平静に戻し、何事もなかったかのようにに問いかけた。

「目が覚めちゃって。もうすぐ夜明けでしょう?無理にまた寝るより起きた方がいいかなって」

はそう言うと、私の隣に腰をおろして燃え盛る炎に手をかざした。必死に固辞するを説き伏せ、私は身体にかけていた毛布を彼女にかけてやった。

「すいません……。でも、バッシュさんが」
「私は平気だ。こう見えて、寒さには強いんだ」
「でも……大丈夫じゃなさそうに見えます……」

本当に大丈夫だと、そう言おうとしての顔を見た時、彼女が言っているのは違う事なのだとわかった。自分では消し去ったと思っていたが、には見透かされてしまっていたようだ。と、同時に自分の中の身勝手で醜い部分にも気づかれてしまったようで、いたたまれない気持ちになった。

「私は、愚かな人間なのだ」

だが、私の口からは言葉がこぼれ落ちた。本当は知ってほしくないはずなのに、私はそうに告げていた。

「そんなこと……!」

は強く首を振って私を見た。

「バッシュさんはいつだって周りの人をいちばんに考えてくれる。自分の身を投げ出しても、皆を助けてくれる。現に今だって、ダルマスカのためにアーシェ様を全力でお守りして…!」
「だが、それは全て私が招いたことなんだ。私の身勝手さのせいで、優しかった弟をあんな姿に変え、ラミナス国王を失ってしまった……」

そう言って、力なくから視線を逸らした。

これは、俺への罰だ。国を、家族を捨てた俺に背負わされた―――。

その時、不意に膝に置かれた手に温もりを感じた。目をやると、そこには重ねられたの両の手があった。

……?」
「そんなにひとりで抱え込まないでください」

は手を重ねたまま、俺の顔を見上げた。

「2人の間に何があったのか私にはわからないけれど、バッシュさんには苦しんで欲しくない」
「だが私は……」
「バッシュさんは優しい人です。愚かなんかじゃない。こんなに温かい人が、愚かなはずないじゃないですか」

ぎゅ、と私の手を優しく、だが力強く握り、ははっきりとそう言った。

「だから、バッシュさんのせいなんかじゃない」

その言葉に、不意に泣きそうになっている自分に気づいた。それをごまかすように、思わずの腕を引いて抱き寄せた。
 
「バ、バッシュさん!?」

突然のことに、が驚いた声を上げる。

、ありがとう。……ありがとう」
「バッシュさん……」

許されたと思ったわけではない。だが、彼女の言葉に救われたのは確かだった。澱んでいた心がゆっくりと濾過されて行くような―――。

「バッシュさん、見て」

俺の肩越しから空を見上げて、が呟いた。

「夜が明けるわ。今日は、いいお天気になりそう」



雪はいつの間にかやみ、昇り始めた朝日が降り積もった雪をキラキラと照らしていた。


2010.1.28

title from 『確かに恋だった』