Crazy for you




まったく、なんだってんだ。

俺は大きく溜息をついた。目の前には愛しい恋人の部屋のドア。けれどその扉は硬く閉ざされたまま。

、何を拗ねてんだ?いい加減、開けてくれないか。寒くて凍えちまう」
「じゃあ、早いとこ宿にでも行ったら?」

せっかく2ヵ月ぶりに会いに来たっていうのに、は俺の顔を見ようともせずに部屋に篭城したまま。何がこいつをこうさせているのか、少しばかり考えてみるが心当たりがない。1ヶ月の予定で出掛けたお宝探しが2ヶ月に伸びたせいかとも思ったが、そんなのは今までだって何度もあるし、俺にしては珍しく、離れている間のご機嫌伺いの連絡も欠かしてはいない。

「また明日来る」

お手上げ状態になった俺は、ドアに向かってそう声をかけたが、いよいよ声さえ返ってこなかった。本当は、こんなアパートのドアの鍵を開けることなど俺にとっては容易いことなのだが、それをしてしまうとますます事態が悪化する予感がしてやめておいた。





久方ぶりの酒場に顔を出すと、カウンターで相棒がグラスを傾けていた。

「あら驚いた。今夜は来ないかと思っていたわ」

長い脚を組みなおし、ちっとも驚いていないような顔でフランは言った。

「お姫様がご機嫌ななめでね。謁見も叶わなかったのさ」

マスターにビュエルバ産のワインを注文し、俺はフランの隣に腰掛けた。その後、差し出されたワイングラスを手に取り、香りを楽しんでから口に含んだ。若干苦味を感じてしまうのは、俺の心を反映しているからなのだろうか。

「女心はさっぱりわからないな」
「そうよ。そんなに簡単につかめると思ったら大間違い」
「そうは思ってないさ。だが、今回ばかりがまったく見当がつかない」

今日、何度目かになる溜息をつく。

頭に浮かぶのは、2ヶ月前、シュトラールを見送ってくれたの笑顔。『浮気しないでよ!』と悪戯な笑みを浮かべるあいつにキスすると、嬉しそうに俺にしがみついてきたくせに。あまりの変わりように、頭を抱えるしかない。

だが、その原因はフランの言葉であっさりと判明した。

「彼女、あなたが戻ることが出来なかったこの1ヶ月のこと、知っているみたいよ」





、いるんだろ?」

再び訪れたアパートのドアを叩く。カタリ、と中から人の動く音がしたが、やはり返答はない。

「悪い、開けるぞ」

懐に隠し持っていた針金を取り出し、ドアの鍵を外側から外した。

「ばっ、ばか!何やってるのよ!勝手に入ってこないでっ!!」

部屋の中入り込んだ俺に、はわめき散らしたが、無駄だとわかると部屋の隅にしゃがみこんだ。俺はゆっくりと彼女に近づき、同じように腰を落とす。

「聞いたんだろ?俺がこの1ヶ月どうしていたか」

顔を伏せたままだっただが、その言葉にぴくり、と肩が揺れた。

「心配かけたくなかったんだ」
「勝手なこと言わないで!」

そう叫んで顔を上げたの目からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。

「空を飛び回ってるんだって信じてたのに、本当は死に掛けていたって聞いた時の私の気持ちがわかる!?」
「死に掛けてたわけじゃないさ」
「1ヶ月も動くことが出来なかったなんて、死に掛けてたのと同じよ!それも知ったのはほんの3日前なのよ!?バルフレアが苦しんでる時、私なんにも知らずにっ…」

ついにぼろぼろ涙をこぼしながら一気に言葉を吐き出すと、は子供のように声を上げて泣き出した。そんなを腕の中に抱きしめ、癖のある金髪を撫でた。

お宝を頂戴するべく潜り込んだ古い遺跡で獲物を前に油断してしまった俺は、そこに巣食うモブに重傷を負わされた。フランの助けでなんとか脱出し、辿り着いたのはラバナスタ。傷は魔法ですぐに塞がったが、出血が酷くしばらく動くことさえままならなかった。に心配をかけたくなかったばかりに、嘘をついて1ヶ月間、俺はそこで体力の回復を待っていた。だがは、ラバナスタから来た酒場のマスターの顔なじみから、俺がラバナスタにいると聞いたらしい。なるべく人目につかないようにしていたのだが、運悪くその男は、世話になった医者の上の階に住まいを持っていたのだ。

心配をかけまいと思ってしたことが、逆にを傷つけてしまった。

「悪かった、

腕の中にを閉じ込めたまま、俺はそっと耳元で呟いた。

「……ホントに悪かったと思ってる?」
「ああ」
「じゃあ、約束して」
「約束?」

は涙に濡れた顔を上げて、しっかりと俺を見た。

「死ぬのなら、私の前で死んで」
「おい、縁起でもないこと言うなよ」
「私は本気よ」

思わず苦笑いをすると、はさらに真剣な眼差しで俺を見つめた。

「私の知らないところで…知らない時に死なれるなんて御免だわ……。この先、もしまた酷い怪我をすることがあったら、這いつくばってもここへ帰ってきて」
「……
「そうして私の腕の中で死んで」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭うこともせず、はただ真っ直ぐに俺を見ていた。その顔がいじらしくて、愛おしくて、俺は再び彼女を抱きしめた。以前の俺ならば、こんなに泣き叫んだり、縛り付けたりするような女なんて真っ平御免だったはずなのに。

「ああ、約束する。何があっても、必ずここに戻ってくる」
「絶対ね……?」
「ああ、必ず。この魂に誓って」


それは、何があっても最後に見せてくれるこの笑顔に、自分でも信じられないほどにはまってしまっているからなのだろう。フランが聞いたら、きっと「天下のプレイボーイも形無しね」なんて嫌味のひとつもお見舞いしてくれるに違いない。



だけどそれさえも、悪くないと思ってしまう俺はかなり重症だ。


2010.1.11